book1

□obscurity
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バブ175から派生、バブ204へ向けて。
捏造味ネタバレ風味。

古市君が本当に男鹿さんのためならえんやこら、な子だったら。










すいません、くだらない事で呼び出したりして。

何、構わないわい。どうせ隠居爺はひまを持て余しているだけだからのう。

いえいえ、どっからどう見てもまだまだ現役じゃないっすか。

ふぉっふぉっ、口が上手い小僧じゃ。そんなお前さんに免じて、一ついい事を教えておいてやろう。

え?

お主はいずれ、必ず後悔する。

何ですかそれ、意味深で怖いっすよ。
はっ、まさか柱師団全員引き連れて調子に乗った報復だー!とか言います?それとも過ぎた力の対価はきっちり払って貰う、とか?

ふぉっふぉっふぉっ、そんな事は言わんよ。契約はあくまでお主に有利なものじゃ。悪魔だけにな。

……。

まあ、そう案ぜずとも、その時が来れば自ずと分かるじゃろう。

…しませんよ。後悔なんて。

ほう…、見上げたものじゃのう。
さて、契約も終わった事じゃ、わしはそろそろお暇するとしよう。

あ、今日は本当にありがとうございました。

礼には及ばぬわい。
ただ…そうじゃのう、ここまでの出血大サービスは今回限りじゃ。次は、覚悟しておくことじゃの。

やめてくださいよ。次なんてありませんって。

はっはっは、選択するのはお主じゃ。
まあ、せいぜい楽しませておくれよ、人間。




* * *




「よう」
「…はよー」

扉を開けた瞬間視界に飛び込んで来たのは、見慣れた幼馴染みのアホ面と、未来の大魔王の寝ボケ眼だった。
清々しい朝日を拝む前にこれって、どんな嫌がらせだよ、と思いながらもおざなりに挨拶を返し、俺達は肩を並べて歩き出す。
少しずつ肌寒くなり、木枯らしとともに春の到来を予感させるこの季節。ひんやりと寝起きの、しかも朝飯を時間の都合上断念した空きっ腹に染み渡る空気を吸い込み、俺はふるりと一つ身震いをする。そういえばつい昨日までは風邪っぴきだった。色々あり過ぎてすっかり忘れていたけど。
冷風を掻き分け地を踏みしめると、紅葉の名残が爪先に触れ、そしていとも簡単にはらはらと砕け散った。

「なぁ、男鹿ー」
「あー?なんだ?」
「変に気ぃ使わなくていいよ、マジで」
「……」

呑気な響きのまま、何でも無い事の様に軽く放った言葉に返事は無い。しかし気にするでも無く俺は続ける。

「つーかそんなのお前らしくねーじゃん?そりゃーあんな事あったばっかだしいつも通りにいかないのは分かるけどさ。だからってそういうの、お前のがらじゃないだろ?お前はいつも通り、どこまでも馬鹿で鈍感でいりゃーいいんだよ」
「……」
「それにさほら、俺も今になって冷静に考えてみるとだいぶ黒歴史量産しちまったっつーか。邦枝先輩の言う通りって訳でもねーけどまあ、熱に浮かされてた訳ですよ。だからあんなのその場のノリっつーか、どっちかっつーと俺も早く忘れたいっつーか…」
「ばーか」

意味の読み取れない沈黙をいい事に、俺は一方的にまくし立てる。だからお前はそれを聞いて俺の言葉の裏を読み取ろうとなんてしないで、そんなもんかとその単純な頭で結論付けてくれればいい。
どれだけ、動揺したと思ってんだ。
すっかり慣れた一人きりの通学路、そこにお前の姿があることに。

命を削って悪魔の力を借りてまでして叶えたかったのは、お前にらしくない事をさせる事じゃない。馬鹿にしてきた奴らを見返す事でも、過ぎた力を見せびらかす事でもない。
ただ一つ。どうしても縋っていたいものを守りたかっただけ。
そのために俺の幼馴染の男鹿辰巳は、単純直情の馬鹿らしく、こいつらしくあってくれなくてはいけない。
そんな風に、腫れ物を扱うようにして欲しい訳じゃなかった。
だからたとえそんなもんかで片付けられたとしても、お前がいつも通りであってくれれば、俺はそれでよかったのに。
そんな俺の胸の内なんて知らん振りで、男鹿はがしっと俺の首に腕を回し抱え込むと、筋肉痛で悲鳴を上げる身体を僅かに気遣った力加減でギリギリと締め上げた。

「馬鹿市め、思い上がってんじゃねーよ。誰がいつどこで、何時何分何曜日、地球が何周回った頃、お前なんかに気ぃ使ったと思ってんだ」
「いででででで!っじゃあお前急にどうしたんだよ!ここんとこずっとヒルダさん達と行ってて、俺のとこなんて来なかっただろうが!」

あ、まずい。と、ヤケクソ気味に吐いた本音に、男鹿の顔色が僅かに変わったのを見て思った。
違う、そんな女々しい事じゃなくて。別に来て欲しかった訳じゃない。ヒルダさんや邦枝先輩よりも俺を優先して欲しいだなんて気持ちの悪い事を宣うつもりもない。
俺が守りたいのは、本当にただ一つだけ。

「と、とにかく!気なんて使ってないって言うなら止めろよな、そういう変に殊勝な態度取ったりするの!」

緩んだ手をその隙に振り払い、俺は歩調を早め男鹿から逃げるようにすたすたと歩き出す。踏み出した足の先では、また赤い葉っぱがはらりと散っていた。
数歩進んでも響く足音は一つだけ。追い縋る音も、引き戻す罵声も聞こえない。
とうとうさすがのあいつでも愛想を尽かしただろうか。こいつ、何言ってんだって。あれだけ迷惑かけて、その上悪魔だなんだと言われるような奴からのプレミアものの気遣いを無下にして。
もう、こんな奴とは付き合ってらんねーと。

「古市!」

その時、強い響きで名前を呼ばれ弾かれたように振り返った。見れば嫌悪混じりの呆れを浮かべているかと思っていた顔にはいつになく真剣な色が灯されていて、俺は戸惑いながらも立ち止まる。
滅多に向けられない強い光を宿す黒い瞳を見つめ返すと、男鹿はすぅと深く息を吸い込み、近所迷惑なんて欠片も考えない声量で叫び出した。

「むかしむかしあるところに、一人のガキがいました!」
「な、なんだよ急に?」
「いいから黙って聞け!ガキはとっても喧嘩が強くて、しかも姉ちゃんはレディースで、他のガキからはめちゃくちゃ恐れられ、たまに友達っぽい奴が出来てもすぐにどっかに行ってしまいました!」

いや意味わかんねーし。何朝っぱらから往来のど真ん中で昔話叫び出してんの。つーかそれすごくデジャヴなんだけど…、と、そう口にしようと構えていた俺は、その昔話の正体に気付いて開けた口をそのまま閉じる。
いつになく真剣な顔で語られる大音量の昔話は、俺達の共通の記憶だ。

「だからそのガキは、勝手に近づいて来ては勝手に文句を言って離れて行き、しかも喧嘩の邪魔になるそんな奴らを、いらないと思っていました!でもある日、そんなガキの前に、変な奴が現れたのです!」

本当はずっと気になっていた、なんて言うとキモイけど。
周囲の奴等が真実と偽りの境界が不鮮明な流言飛語をどこか楽しげに談じる度に、寂しそうな窓際の横顔を盗み見て。
そうして、本当の君はどんな顔で笑うのだろうと、考えていたんだ。

「そいつは喧嘩もできないくせに俺を怖がらず馬鹿みたいに付きまとってきて、しかも姉ちゃん達を見て綺麗だと抜かす様な頭のネジが足りないアホアホアーホの大馬鹿野郎でした!」
「おいお前…」
「でもそのアホで馬鹿で間抜けなクソヤローは、ガキに何回殴られてもしぶとく立ち上がってきました!それでもう、友達を作る事を諦めていたガキに一人で勝手に壁作ってんじゃねーだの 、俺が立つのは横だの恥ずかしい事を散々言って、その隣に立ったのです!」

たまたま下校のタイミングが重なった時を見計らって、始めて男鹿に声をかけた。取りつく島もなく適当にあしらわれて、噂通りの怖い奴かとも思ったけど、めげずに話しかけていれば案外面白くて。
レディースのお姉さん達や暴走族に囲まれた時は流石に焦ったし驚いたけど、何よりもわくわくした。楽しかった。
淡々と進んで行く代わり映えのしない日常。そんな中に飛び込んできた、非日常の中に住む少年。
綺麗で強いお姉さんに、胸の内に秘めた大切な想いを託された事も手伝い、まるでお伽噺の主人公に抜擢されたような、正義のヒーローになったような、そんな子供っぽい高揚感に舞い上がっていた。
力を持て余し勝手に皆から悪者扱いされてる一人ぼっちの男の子に手を差し伸べる俺、かっこいい。
聖人君子なんかじゃない俺の胸の内にあったのは、初めは本当にそれだけだったんだ。

「ガキはその時そいつを、今まで戦った誰よりも強いと思ったのです!」

でも近付いてみて知ったのは、俺が思っていたよりもずっと深いその胸に刻まれた傷だとか、染み付いた諦めや、一人で暗い道を歩き続ける覚悟。
そしてくだらない流言飛語なんかからでは読み取れない、不器用すぎる優しさだとか仲間を守る強さだとか。
こんな風に、真っ直ぐに見つめてくる瞳とか。

「そしてガキは…俺は決めました!始めての友達である古市貴之を、自分なりのやり方で大切にしようと!」

基本的にわがままでなんでも好き勝手して人を振り回すくせに、大事な事はちゃんと分かっている。
俺のくだらない見栄やプライドなんて霞んでしまうくらい、真っ直ぐで眩しい光を、その腕いっぱいに抱えている。そんな男鹿、お前を見ていて、俺はすぐに気が付いたんだ。
ヒーローは俺なんかじゃない、ってことに。
見返りばかりを期待してお前との間に糸を結ぶような、弱虫で矮小な俺は、到底主役の器じゃない。よくて物語の序盤で、いつの間にか姿を消す非戦闘員キャラだ。怪獣が現れればきゃーきゃーわーわー喚きながら崩れるジオラマの間を、這々の体で情けなく逃げ惑うザコ。
お前は俺の事を他の奴等とは違うと思っているかもしれない。でもそんな事はない、同じなんだよ。俺も名も無きモブとなんらかわりない。ほんの少しだけ興味のベクトルが違っただけで、本当はただ、朝のヒーローショーに憧れたガキが、自分に酔っていただけの独りよがり。
俺には、お前にそんな風に言ってもらえる価値なんて、無いんだよ。








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