book1

□将来の夢、決まりました
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高2おがふる。進路について、悶々と。







小学生の時、男鹿に出会った。
それからと言うもの、男鹿の喧嘩に巻き込まれるは、あいつの我儘に振り回されるはで、気付いたら世界は二人きりになっていた。
一人でも十分騒がしく手に負えない世界だったので、特に寂しいとは思わなかった。

中学生の時、そんな二人きりの世界にもう一人、男鹿を恐れないおかしな奴が入ってきた。
男鹿に真っ直ぐな視線を向けているそいつを見ていると、何となく俺まで嬉しくなった。男鹿もまんざらでもなさそうだったので、俺達は三人になった。俺にとって久しぶりの、男鹿以外の友達だった。
もう少しだけ騒がしくなった世界は、しばらくしたら男鹿が守る為に壊した。
残念だなとは思ったけど、やっぱり寂しくは無かった。

高校生になる時、男鹿とは別れる筈だった。
まあ、しょうがないよな。幼馴染なんてそんなもんだよな、だいぶ静かになるけど、それはそれでいいんじゃねーの。
男鹿とは別々の進路を選んでいた俺は、一抹の寂しさを感じながらもそう思っていて。
でも、結局受け取る筈だった合格通知は男鹿の喧嘩のせいで見事白紙になった。
怒ったけど、そりゃーもう怒ったけど、でもなんとなく心のどこかで、安心していた。
なるべくしてなったと、本気で思っていたのかもしれない。

そして、今。

「進路希望調査、か…」

ぺらり、と自分の手元で頼りなく揺れる黒がチラつく白い紙をぼんやりと眺め、俺ははあと一つ深い溜息を吐く。
それは今日の昼、石矢魔の先生に渡された物だった。早いもので、もう俺達がこの学校に来てから一年半が経つ。そろそろ早い所では将来の夢などと言うものも決まり、ペンを握り始めている頃だろう。しかしまさか、同じ文化が石矢魔にも存在するとは正直思っていなかった。
どうやら一応石矢魔の先生が俺の成績を見て検討してくれたらしい。軽く発破をかける目的もあったのかもしれない。それなりの所に行くつもりなら、そろそろ本気を出さないとまずいぞ、と。
目の前に示された白紙の道を見て、まるで狐にでも抓まれた気分になった。
俺はこれから、どうするのだろう。

「ふーるいち君。おめー学校にいねーと思ったらこんなとこで何やってんだよ」
「…おー男鹿」

さらさらと温い風になびく前髪を掃う事もせず、ぼんやりと夕暮れの河原でたそがれる俺の頭上から、聞き慣れた声が掛けられる。若干機嫌の悪そうな声に、キラキラと光る川面からしぶしぶ視線を移した。
見ると寝転ぶ俺の顔を覗き込むようにして、男鹿が腰を直角に折っている。肩に乗っかるベル坊とその親が全く同じ表情をしていて、何となく微笑ましいと思ってしまった。
なんでこいつ俺の居場所分かったんだろう、とぼんやり思いながら気の無い返事を返し、しかしそれもどうでもいいかと思ってしまう。長年かけて培われた似非テレパシーの回線は、ご丁寧にGPS機能付きらしい。それで納得してしまうのだから、我ながら単純な頭だ。
しかしどんなに御託を並べても、こいつが俺の、そして俺がこいつのいる場所を何となく分かってしまうという事実は変わらない。
そう、いつだって俺は、こいつのいる方向に導かれる。風、なんて可愛らしいもんじゃなくて、全てを巻き込み吹き飛ばす暴風みたいな男。俺はさしずめ、それの赴くままに流される風見鶏と言った所か。笑えねー。
でも実際、俺の今までの人生の決定権は、ほとんどこいつに託していたと言っても過言では無い。無意識の内に、自分でも思っていた。俺がどんなに考え込んで自分の歩む道を決めたところで、最終的にはこいつが俺の腕を無理やり引っ張り連れ回すのだ。

「あーなんだこれ?しんろきぼーちょーさよーし?」
「あっ、馬鹿お前、汚すなよ」
「わーってるって…。ふーん、まだ何も書いてねーのな」

ひょいと軽い動作で俺の手から進路希望調査用紙を奪い取った男鹿は、そのまま当然と言わんばかりの顔で俺の横に腰を下す。しかし俺もそれを当然だと思っているから、何も言わない。
ぺらぺらとたいした興味も無い様に人の道を振り回す男鹿は相変わらず変らなくて、何かを暗示しているようにも見えて、思わず縁起でも無いと頭を横に振った。
そしてこいつにこんな繊細なものを持たせておくと、いつ破られるか分かったものじゃないと俊敏な動作でそれを取り返す。しかし男鹿自身、俺が熱心に見つめていたものの正体が分かってしまえば、それ以上の興味は湧かなかったらしい。空になった手をなんの未練も無さそうに、自分の身体を支える為に使う。
その無頓着な動作に、俺はギロリと横目で男鹿を睨んだ。

「そーだよ、誰かさんの騒動につき合わされまくってたせいで、自分の進路なんか考えてる暇無かったしな。もう目先の事でいっぱいいっぱい」
「はっ、アホ市め」
「笑い事じゃねーからな!だいたいいっつもいっつもお前のせいで俺の道が真っ直ぐ進んだ事ねーし!悲しいかな、哀れな古市君は今悶々と悩んだところでまた悪魔の様に極悪非道な男鹿君に邪魔されせっかくの努力が水泡に帰す予感がひしひしと…」
「しねーよ」

べらべらと、何かを誤魔化す様に捲し立てる俺に、男鹿が面倒くさそうに短い返事をする。どうせ聞いていないのだ、人の話など。そう思いながら俺は笑い話になるだろうと先程から渦巻いていた胸の内を吐露し…しかし、思っていたよりも真剣な声音に、ふと口を閉ざす。
思っていなかった、と言えば嘘になる。
またこれからも、男鹿が俺の道を決めてくれるのだと。それは諦めなのか、それとも甘えなのか、自分でも分からないけれど。でもそれに安心して、なるよーになるさと気軽に考えていた自分がいた事は、否定できない。
しかし男鹿は、否定した。普段の不真面目な態度からは想像もつかない、おそらく幾度も考え自分で反芻したであろう言葉を紡ぐ。

「もう、しねーよ。俺だって分かってるんだからな、高校とは違って、ここで失敗したらほんとに色々、全部変っちまうんだろ?だから、古市の邪魔をするような事はしねー。だからお前は安心して、お前のしたいようにすればいいんだよ、馬鹿め」
「…あっそ」
「あ、なんだその反応。せっかく俺がお前の背中を押してやってると言うのに」
「いやー珍しく男鹿がまともな事言ってるからさー。正直ちょっと引いた」
「よーし分かった、歯ぁ食いしばれ」
「あ、俺ちょっと今から真面目に進路考えるから、俺の良き理解者である男鹿君は邪魔したりしねーよな?」
「うぐっ…」

言われたことを逆手に取り封じ込めれば、拍子抜けするほどあっさりと男鹿は振り上げていた拳を収めた。おお、本当にそれなりに分かってるんだなこいつ、と感心する一方。まるで突き放されたみたいな微妙な気分が胸を渦巻く。
何考えてるんだよ、自分の道を自分で考えるのなんて、当たり前に決まっている。むしろ選択肢が無かった今までがおかしいのであって。ましてやこんなの一生ものの選択だ、気まぐれすぎる男鹿の一存なんかに託して良いものでは断じてない。
それは、分かっているけど。

「…進路、か」

それでもやっぱり、こんなうすっぺらな紙よりも、目の前の男に示された道が眩しく思えるのは、あれか、刷り込みってのは恐ろしいってやつなのだろうか。

「だーっ、何書きゃあいいのか全然わかんねー」

散々男鹿に雑に扱うな、と言っていた紙を握りしめたまま、俺はぼとっと河原の雑草の上に手足を伸ばす。くしゃ、と紙に皺が入る音が聞こえたが、別にこれに傷が付いた所でどうなる訳でも無い。破ったところで、道が消える訳では無い。
それを再確認して、自分が口先だけで恐れていたことをまざまざと見せつけられている気分になった。
そんな思いを吐き出すように、夕焼けに向かって思いの丈を思い切り叫ぶと、どっかのおっさんの青春してるなーという声が聞こえてきた。別にそんなんじゃない、どうせ青春するなら隣に居るのは可愛い女の子がいい。青い春に暴風雨を呼び込むような奴なんて願い下げだ。
そう思うのに、やっぱりこいつが隣に居る事が何よりもしっくりきてしまう自分がいる事が憎い。憎らしくて堪らない。
いっそまた、こいつが全部決めてくれればいい。無理だと分かっていても、そんな事を考えてしまう無責任で無鉄砲な自分がいる事を、認めたく無かった。

「なんだお前、そんなにうだうだ悩んでんのか?」
「あーそうだよ。ほんとになーんも考えてなかったもんなー。俺、何やりたいんだろう。何になりたいんだろう」

それに、これ以上こいつに重荷を課す訳にいかない事も分かっていた。たとえどんなに傍若無人で極悪非道な悪魔でも、それなりに仲間想いなとこもあったりなかったりたぶんなかったりするような奴なのだ。俺の高校合格取り消しの事を語る時に、こんなに、後悔したような顔を見せる様な。
だから、ここからは風に流される金属では無く、自分で飛ぶ鳥にならなくてはいけない。風には乗るけど、でも時には逆らう様な。そんな自分の翼で羽ばたく、鳥に。
それは分かっている、のだけど。
やはり、突然はいそれじゃあどうする?と突きつけられて即答できるほど、俺は前を見据えていた訳では無かった。
問いかける、と言うよりもただただ愚痴る様な言葉に、男鹿がふとしばし黙り込む。俺もそれ以上うだうだ言うのは止め、ただぼんやりと沈む夕日を眺めていた。
縋るものが無くなった今、俺の世界はこんなにも広く、こんなにも不安定だ。

「そーいえばよ、前俺の夢に古市が出てきた事があってよー。お前なんかよくわかんねーけど、裁判官やってた」
「は!?お前どんな夢見てんだよ…」

しみじみと感慨に浸ってみたりしながら、次第に濁っていく空の色を見ていると、突然男鹿がこれまでの話の流れに全く関係の無い事を言い出した。なんだ、将来の夢から睡眠の夢に話題転換ですみたいな、そんな短絡的思考回路か。まあどうせこいつはそんな奴だけども!
そう思いながらもまーまー聞けってと諌められてしまえば、それ以上ツッコム訳にもいかず、おとなしくぽつぽつと語る男鹿の声に耳を澄ますしかない。

「石矢魔の奴らとか悪魔とか、そういうのお前がみんな仕切ってんの。そんで俺のことボロクソ言ってたりして…今なんとなくそれ思い出してさ、お前、なんかそう言うの似合うんじゃねーかって思った」
「いやなんだよそれ、意味わかんねー」
「なんつーの?古市君はあれだろ?恥将って奴なんだろ?」
「智将ね、頼むから漢字変換についてツッコませないで」
「いいじゃんか、ああ言うの。『意義アリッ!!』みたいなさ。お前絶対似合うって」
「んな適当な…」

そう言いながらも、一応頭の中に描いてみる。スーツを着て、法廷で大衆の前で声高らかに語る自分を。我ながら、悪魔野学園の件で石矢魔の先輩方を誘導した時の事を思い出し、違和感を覚えない絵面だった。
しかしまさか、そんな適当な理由で。しかも法学部って、勉強とかも相当大変だろう。
ないない、と心の中で手を振り、浮かんだビジョンを掻き消そうとし…。

「そんでさ、お前俺になんかあったら、今度はちゃんと弁護しろよな」

なっ、ともう一度念押しをし、男鹿はにかっと笑う。いや今度って、お前の夢の中の俺はいったい何をやってたんだと尋ねたかったが、それよりもその無邪気な暴風に流されて何も言えなかった。
浮かんだままのビジョンに男鹿が加わる。何かを声高らかに叫ぶ俺、弁護されている側の筈なのに、何故か偉そうな男鹿。
いやいやいや、無いって、無い無い。だいたいそんな、まさか、だって、こんなの、えええー…。

「…やべぇ、しっくりくる…」
「な?だろだろ?」

にしし、と笑い、なーベル坊もそう思うよなー?ダ!などと楽しげに言う奴らは、絶対に分かっていない。今お前は、人の人生をまた一つ変えたのだ。数ある道の中で、それでもまた俺を、気まぐれに導く。
あれだけ途方も無いと思っていたごちゃごちゃした視界が晴れ、すかっと気持ちの良い青天の空が目の前に広がった様な気分だった。行く先が鮮明に見え、あとはただ前に踏み出すだけなのに、何故か腑に落ちない。
何で俺は、こいつの言葉にこうも踊らされてしまうのだろう。
まだ知らない答えを見つける為に俺は先程までの難問よりも更に頭を悩ませつつ、帰ったら法学部のある学校を探そう。出来れば国立で、などと着々と白い紙を埋める内容を考え始めるのだった。







「つーかお前、裁かれる様な事するつもりかよ!?」
「はっはっはっは!」
「否定しろよ馬鹿!こえーわ!!」

揺れる、揺れる、風見鶏。
今日も、君の、いる方へ。










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