book1

□前哨戦はそれとしまして
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結局、ここを選んだのなんてそんなくだらない理由だ。楽しい事がしたい、刺激が欲しい、そんな大人が聞いたら笑い飛ばされる様な、でも一番大切なものが欲しかった。
ひらりひらりと攻撃を交わす古市をムキになって追いかける神崎も、最早楽しいんだかなんだか分かんねえくらい凶悪な顔をして暴れる東条も、まるで舞を踊る様に木刀を振るう邦枝も、みんな同じだろう。
あの時代の俺達の行動に、何でそんな馬鹿げた事をしたのかと問われて答えられる真っ当な理由なんて無かった。ただ、やりたかった。後先なんて考えず、風の赴くまま揺れる風見鶏の様に、ただただその場のノリに流されるだけ。
大人になるにつれて一つずつ忘れて行ってしまった事を、生意気な後輩は思い出させてくれたらしい。やりたいようにやる、失敗したっていいじゃないか、後悔しなければ。
そうすればいつでも、またここに胸を張って帰って来れる。

「姫川!!」

神崎に名前を呼ばれて顔を上げれば、落とした踵を古市に止められた神崎がこちらを見て一つ瞬きをした。見れば協調性なんて都市伝説とばかりに人の話を聞かない東条までもが、それを見てにやりと笑みを浮かべている。
練りに練られた作戦がある訳では無い。しかし今自分が何をすべきか、それが手に取る様に分かった。戦いの最中、理屈を超えた極限状態の世界。そこでは同じ舞台に上がる者達が、同じ言葉を使い意志を交わす。
たぶんそんな存在を、仲間と呼ぶのだろう。

「ほらよっ」

神崎が古市から離れた瞬間を見逃さず、俺はスイッチを入れたままのバトンを古市に投げつける。死角からの攻撃をものともせず、古市は地面を蹴り上げ上に飛ぶことでそれを回避した。
しかし地面に足を付けるその寸前、攻撃をかわされた瞬間から体勢を低くし控えていた神崎が足払いをかける。予期せぬコンビネーション技にぐらりとバランスを崩す古市。そしてその背後には…。

「げっ」
「もらったぞ、古市!」

あーあれは怖い。俺でも怖いわあれは。
最早熊か虎か、暗喩より直喩で表現した方が明らかにしっくりくるような形相の東条が、古市に殴りかかる。どうしようもない体勢にざあっと青ざめる古市だが、向こうから売ってきた喧嘩だ、止めてやる義理は無い。
勝ったな、と勝利を確信したその時。

「っ!?」

青空の下、黒い稲妻が二人の間を裂くように落下した。
轟音が鳴り響き、次の瞬間俺達を襲った爆風に反射的に両腕で顔を防御する。まさか本当に文字通り青天の霹靂かと風が収まったところでようやく顔を上げ…懐かしい姿には、と笑みが零れた。
何、なんて事は無い。雷なんかよりもよっぽど性質が悪いのが落ちただけだ。

「久しぶりじゃねえか…男鹿」

奔放に跳ねる髪、考えている事の読み取れない三白眼、そして何故か見に付けている似合わないスーツ。何から何まで真っ黒なその男は、これまた首に小学生くらいの緑色の髪のガキをぶら下げていて、相変わらず世間一般の常識なんて型にはまる気は毛頭無いらしい。
石矢魔最強、子連れ番長男鹿辰巳。そのガキ、ベル坊。

「喧嘩、しようぜ」

嬉々として東条が告げたお決まりの文句に、そいつらも心底楽しそうに笑っていた。













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