book1

□石矢魔戦線、異状アリみたいです
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「蓮井、ここでいい」

車窓に映る景色に懐かしいものを見つけて、車を運転する執事におもむろに声を掛ける。するとキ、と軽くタイヤの擦れる音が鳴り、車は動きを制止した。同時に窓の外の光景も止まり、変わらぬその佇まいにタイムマシンに乗車しあの頃に戻ってきたような気分になる。
そんな事を思いながらぼんやりと、懐かしき学び舎、石矢魔の校舎を眺めていると、車の扉が恭しく開かれた。「ご苦労」と軽く労いの言葉を掛けながら車を降り、その瞬間冷房の効いた車内との温度差に眩暈を覚える。
貧弱になったもんだな、と小さく自嘲を込めて呟けば、本日はこの夏最高気温となるそうです。どうぞ熱中症にはお気を付けて、と蓮井がにこやかに告げた。ガキじゃあるまいし、と笑い飛ばそうとしたがその子供扱いが存外心地よく、俺はおとなしく頷いておく。
照りつける直射日光に目が眩み、じわりと汗が染みだす。せっかくセットしたリーゼントまで乱れてしまいそうで、正直気が気じゃない。よくあの頃は、なりふり構わず暴れられたものだ。

「いってらっしゃいませ、どうぞ、お気を付けて」

背後から告げられた当たり前の送迎の言葉が、案外茶目っ気のある執事の遊び心を雄弁に物語っていて、うまく乗せられてるなあ俺ら、と無性に悔しくなった。
落書き塗れの塀を眺めながらぶらぶらと足を進め、俺はふと校門の前に佇む人影に気付く。するとほぼ同時にあちらも俺の存在に気が付いたようで…懐かしい面々が、一斉に俺を振り返った。

「ちっ、お前もきやがったのか」
「やっぱりあなたの所にも届いたのね」
「よう、姫川、久しぶりだな」

神崎、邦枝、東条。一時期は石矢魔最強と呼ばれた、東邦神姫の姿が、久々に一堂に会した瞬間。俺は柄にも無く緩みそうになる頬を抑え、平然とした体を装ってそいつらの元に歩み寄った。

「フン、そろいもそろって暇人か」
「お前も人の事言えねーだろうが。未だにそのうざってえリーゼントぶらさげてんのか」
「ああ、リーゼント舐めてんじゃねえぞこら」
「舐めてるのはリーゼントじゃなくてめえだっつーの」
「お前こそいい年してまだヨーグルッチかよ。ガキかってんだ」
「あーもう!せっかく久しぶりに会ったのに喧嘩しない!」
「よしきた、俺も混ぜろよ、神崎、姫川」
「東条あなたも!混ぜっ返さないの!」

こうしてまともに顔を合せるのは、本当にいつ以来だろうか。たまたま会えばそれぞれと言葉くらいは交わすものの、お互いに変なプライドが邪魔してきちんと約束を交わし集まろうとはしなかった。
しかし一度集まってしまえば、自分でも拍子抜けするくらい簡単にあの頃に戻る。くだらない口げんかに、諌める声、空気を読まないボケ。足りないのは…。

「それで、あなたにも来たのよね、これ」

大仰に疲れたような溜息を吐いた邦枝は、しかし微かに頬に浮かぶ楽しげな色を隠せてはいない。高校時代より更にいい女になったものだと太陽の下でも色褪せない黒髪に目を眇めつつ、差し出された黒い封筒に頷いた。

「ああ、確かにな」

ごそ、とポケットと漁れば、そこには邦枝の持つそれと違わぬ、蓮井から手渡された黒い謎の封筒が姿を現す。始めは何の嫌がらせかと疑いもしたが、中身を見た瞬間直感的に、ああと思った。

『○月×日。石矢魔にて開戦を告げる』

たった一行。日付と訳の分からない文章が綴られたその手紙。というより、果たし状。
見回せばいつの間にか神崎と東条も形状は異なるものの同じ黒い紙を手にしていて、明らかに意図的に仕組まれたであろうこの状況に、そして案の定踊らされている自分達にくく、と面白くも無い笑みが零れた。
ひらひらと胡散臭げに紙を揺らしながら、神崎が異なる手に持つヨーグルッチを啜り、白々しく呆れたように口を開く。

「ったく、どこの誰だか知らねーがこった事しやがる。俺なんかそこらの自販機でヨーグルッチ買ったら、これが付いてきやがったんだぜ?いったいどうやったんだか」
「よ、ヨーグルッチに付いてきたの?私は庭で素振りをしていたら、紙飛行機が飛んできたんだけど…」
「俺は近所の野良猫に餌をやろうとしてたら、首輪が付けられてるのを静が見つけてな、何かと思って見てみたらこれが括りつけられてたんだ」
「はっ、なかなか粋な演出じゃねーか」

くく、とそれぞれの入手経路を思い浮かべ、再び喉を鳴らす。どいつもこいつも、間抜けに驚く顔が目に浮かぶようだ。それに比べると、俺はだいぶ普通かもしれない。さすがに姫川財閥のセキュリティに喧嘩売ってまで、遊び心を出す気は無かったらしい。変な所で豪胆で、変な所で臆病なあいつらしい。
そう、あいつ。あいつら。

「さて…そんじゃそろそろ、今回の事の首謀者さんの面でも、拝ませてもらいに行くか」
「ああ、こんなふざけた真似しやがんのは、あいつら位しかいねーだろーしな」

にやりと笑い、神崎は飲み終わったヨーグルッチの紙パックを潰す。東条はいかにもやる気満々と言った体で拳を叩き、邦枝もどことなくそわそわとした様子を見せている事からするに、おそらく皆同じ面を思い出しているのだろう。
腹正しい程の青空に、影送りの様に黒と白が浮かんだような気がして、ふと聳え立つ屋上を見上げた。逆光の為よく見えないが、言うじゃねーか。
馬鹿と煙は、高い所が好きだってな。

「ま、ご明察、ってとこかな」

その時、意図せぬタイミングで意図せぬ声が聞こえてきた事に、俺達は揃って持ち上げていた首を下す。するといつの間に現れたのか、そこにはこれまた懐かしいメンツが揃っていた。
先程の神崎の言葉に答えたらしいそいつが、にやりと楽しそうに笑う。

「上であいつらがお待ちだぜ。って言っても、ここはあの石矢魔だ。通りたければ…それ以上は、言わなくても分かるよな?」
「鷹宮…」
「よお、お久しぶり、先輩方」

一度は拳を交えた一年坊主の姿に、俺達の間に多少の緊張が走る。それぞれ武器を手に構えを取り、辺りを見回せばそれ以外にも、見知った姿が並んでいた。
俺達が卒業する最後の冬。ある男を筆頭に鎬を削った、殺六縁起の面々。
カチリとこの暑苦しい炎天下の下でライターに火を灯し、煙草を吸うあいつ曰く刈り上げピアス。なんでこんなところに、と言う思いが言葉にせずとも通じたのだろう、美味そうに煙を吐くと、鷹宮はついと煙草の先で俺達を指した。

「ま、なんだ。ちょっとした余興って奴だ。あいつらが何を企んでんのかは俺らも知らねーが、喧嘩できんなら万々歳ってな。それに一応うちの大将達の頼みだ、断る理由は無いだろ」

余興っても、ここで負けてたら世話ねーけどな。そう言い好戦的に笑うと、鷹宮はまだほとんど吸ってない煙草を足元に落とし、グリと靴で踏みつぶす。同時に、他の殺六縁起とその部下達も、それぞれに自分の獲物を構えた。

「は、肩慣らしには丁度いいじゃねーか」
「フン、まあ、相手してやるよ」
「ちょっとあなた達、あまり目立っちゃダメよ。これでも一応社会人なんだから」
「うるせーな…とりあえず全員ぶっとばしゃいいんだろ?」

血沸き肉躍る。単純かもしれないが、むき出しの殺気をぶつけられた瞬間、忘れてしまったと思っていた野生的な衝動がこみ上げた。それはどいつもこいつも同じの様で、置き去りにした非日常が、ここにはまだ残っている。
じりじりと焼ける様な衝動を胸に、俺達は同時に地面を蹴り走り出した。























・たかみーが書きたかっただけです。これでもキャラもこれからの立ち位置も分からないから自重したのです。


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