book1

□懐古厨、回顧中です
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「竜也ぼっちゃま?」

蓮井の声に、ぼーっとしていた俺はようやく顔を上げた。先程からずっと、パソコンの前に座っているものの何をするでも無く画面を眺めるばかり。これでは最新型のパソコンも宝の持ち腐れだなと冗談交じりに苦々しく思い、俺は悪いと一言呟いた。
画面に並ぶのは株価のレートや現在のうちの経営状況、その他様々な情勢や情報等。石矢魔を卒業し正式にうちを継いで以来、それなりに真面目にやってきたというのに、ここの所どうにも調子が良くない。
全く、俺らしくも無い。同じことを、蓮井も思ったらしい。

「竜也ぼっちゃま、お疲れですか?近頃体調が芳しくないようですし、少々お休みになったらいかがでしょうか」
「いや、別にそういう訳じゃねえんだ。心配かけたな」
「いえ。しかし何か気にかかる事でもあるのですか?この頃ずっと上の空の様ですし」
「別に…。いや、気になる事、か」

心配そうに俺の顔を覗き込む真面目な執事に浅慮のまま否定の言葉を返そうとし…ふと、こいつになら話してもいいかと語尾を濁した。目ざとく俺の様子に反応したらしい蓮井は、しかし強引に聞きだそうとすることは無く、ただ悠然とそこに控えている。相変わらず、出来た奴だ。
いっそ既に何もかも見透かされている様な気すらして、俺はふと口元に一つ笑みを浮かべる。それならそれで、別に構わない。それはこいつなら絶対に俺を裏切る様な真似をしないという、証拠の無い信頼関係の上に培われた思考回路。
育んでくれたのは、間違いなくあそこで、あいつらだろうが。
そう。

「あいつら、今頃どうしてるかと思ってな」

あいつら。

「あいつら、とは?」
「あいつらって言ったらあいつらだよ。あー…」
「ああ」

言いよどむ俺に、聡い執事は呆気なく正解に辿り着いたらしい。その事がほんの少し悔しくもあり、しかし今更違うだのなんだのと悪あがきを繰り返しても仕方が無い。実際、仕事が手に付かなくなる程近頃そちらに思考が奪われていたのは事実だ。
おとなしくそれ以上うだうだと誤魔化しの言葉を羅列する事無く、にこと珍しくいたずらっ子の様な笑みを浮かべた蓮井の告げる模範解答を聞く。

「石矢魔の御学友の皆様の事、ですね」
「まあ、な」

胸ポケットから煙草を取り出せば、まるで示し合わせたかのようなタイミングでライターが差し出される。俺はおもむろに揺れる炎に煙草の先端をかざし、ふわふわと漂う煙を、吸う事も無くただ眺めた。
外はうざいくらいの晴天だが、空調完備のこの空間の中ではそんな実感はちっとも湧かない。その事を改めて考えてみると、ふと自分はいつから汗水たらして外を走り回らなくなったのか。いや、思う侭に喧嘩をしなくなったのかという思考に帰結する。答えは分かり切っていた、石矢魔を卒業し、ライバルで、仲間だった奴らと道を違えてから、ずっと。

「神崎様は関東恵林気会をお継ぎになられたようです。東条様は今でも様々なアルバイトを転々とされているとか。ちなみに御二方とも、花澤様や七海様と順調の御様子です。あくまで客観的見解となりますが。また邦枝様は心月流当主となられたそうです。門下生も取っているとか。ちなみに…男鹿様とはその後、何の進展もなかったようで」
「くく、だろーな」
「そして男鹿様ですが、東条様の勧めで始めた土木関係のアルバイト先で腕を認められ、今ではそこで正社員として働いているそうです。ベル坊様も立派に成長なされて、今でも親子仲睦まじい姿が度々見られるそうで。ただヒルダ様はこの頃あまり姿を見せないとか、どうも里帰りをしているようで、離婚の危機かとの見解もあります」
「つーか元から結婚してる訳じゃねーだろーが。つーか里帰りってなんだ、魔界か?」
「さあ、さすがにそこまでは姫川財閥の力を持ってしても調査は困難を極めます。最後に古市様ですが、無事難関大学法学部に受かり、今では有名な先生の元で弁護士見習いとして忙しく働いている様です。そのせいで男鹿様とは少々疎遠になっているようですが」
「へえ…あいつらがねえ」

箱入りクイーンの真っ赤な顔を、男鹿嫁が悪魔だと知った時の驚愕を、そしていつもいつも、隣に在る事が当たり前の様にならんでいた黒と白のコントラストを思い出し、口元に笑みを浮かべる。それにしても意外だ、あいつらが離れているなんて。どこがばらばらになろうとも、あいつらだけは絶対にいつでも隣り合っていると、何故だが自分の深層が全くもって疑っていなかったことに気付き、驚く。
それ位、初めから一枚の絵画のワンピースだったかのように、ぴったりと収まっていたのだ。
その他もろもろ、余談ですがと続けられる石矢魔メンバーの経歴をぼんやりと聞きながら、それぞれの顔を思い出し懐かしさに浸る。感慨深く過去を回想するなんて、柄じゃないんだがな。

「…つーか、詳しいな蓮井」
「こんな事もあろうかと、定期的に諜報員を送っていたので」
「へえ…」

御見通しかよ、と最早ツッコム気すら起きない。くすくすと楽しげに笑う蓮井から気まずく目を逸らし、俺はかちりとパソコンを操作すると、一枚の写真を画面いっぱいに映し出す。そこに並ぶのは、卒業式の日に撮った、懐かしい面々が勢ぞろいする写真。
喧嘩をした。バレーをした。ゲームもした。笑ったり怒ったり、信頼したり騙したり、良い事も悪い事も、腐る程あった。

「それにしても珍しいですね。坊ちゃまがそれ程気になさるなんて」
「別に、そんなんじゃねーよ」

今思うと、それは全て男鹿達に出会ってから始まった。あの銀髪の男鹿のダチと、金髪の元男鹿嫁を自分の計略の元攫って、男鹿に嫌と言う程打ちのめされたあの日から、歯車は狂っていったのだ。
あの頃は素直になれなかったが、もう七年も経つ。俺自身も、あの頃の自分がガキだったなと苦く笑い飛ばせる程度には、大人になった。だから、今なら言えるだろう。感謝している、と。

「ただ…最近無性に思うんだよな。あの頃に戻れるなら、いくら払っても構わないって」

自分でもあまりに俺らしくないと思う言葉に、はっと蓮井が息を呑んだ音が肩越しに聞こえた。些細な事では微動だにしない有能な執事に一泡吹かせてやれたかと、己の羞恥と引き換えにちょっとした優越感を味わってみるが、じわじわと頬が熱くなるのは隠せそうにない。
背後の驚愕が、すぐに生ぬるい笑みに変わった気配をひしひしと感じ、俺はワザとらしいと分かっていながらも一つ咳払いをした。さあ、仕事に戻るぞと一吸いもしていない煙草の火を消して息抜きの会話の強制終了を行おうとし、しかしその前に目の前に何かが差し出される。
それは一枚の、黒い封筒。

「…なんだ、これ」

やけに恭しく差し出されたそれに怪訝な声を上げると、不気味な程清々しく笑う蓮井と目があった。

「そんな坊ちゃまに、いいものが届いておりますよ」

今度は比喩では無く本当にいたずら…なんて可愛いものでもないか。悪だくみをした狐さながらの顔をした蓮井がひっくり返して見せたその封筒の裏に、俺は思わず目を見開いた。










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