【駄文書庫】

□(棗さん)『もう、無理だから』
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「今更帰るって言っても帰すつもりはないぞ」
玄関に入った瞬間、棗さんがそう私に言った。

       ☆★☆

…棗さんから電話だ。
学校に行く途中、棗さんから電話がかかってきた。
珍しいな、棗さんがこんな時間に電話してくるなんて。
付き合ってる……わけじゃない。
兄弟として棗さんの事は好きだ。もちろん、他の兄弟達も。
でも私にとってはどうしても兄弟で、異性とは見れない。
「もしもし?」
『あぁ、俺だ棗だ。今電話に出られる状態か?』
「はい、大丈夫ですよ!!」
『そうか、良かった…』
「でもどうしたんですか?こんな時間に棗さんが電話なんて、珍しいじゃないですか」
『ん?そうか?』
「そうですよー」
『我慢できなくて、電話したが……。やっぱり俺にはコイツじゃないと駄目って事か…?』
棗さんが何かを言っている事はわかる。
でも、声が小さくて聞き取る事ができない。
「棗さん?」
『いや、独り言だ気にしないでくれ。』
「?そう…ですか??」
『あぁ。それで用件なんだが、ゲームの試作品が出来たんだやりたくないか?』
「えッ!?本当ですか?やりたいです!!!」
『なら、学校が終わったら校門の前でまっていてくれ。』
「はい、分かりました!」
喜びを隠すことが出来ず、かなり大きな返事をしていたと思う。
『なんだ、嬉しそうだな。…じゃ、そういうことで。な?』
「はい!では!!」
浮き立つ心を無理矢理押さえつけ……押さえつけれてはいないのだろうけど…私は足を進めた。

        ☆★☆

授業が終わり棗さんに言われた通り、校門で待つことにした私。
…まだ来ないのかな、棗さん。
授業が終わったというのに、棗さんはまだ来ない。仕事があるから仕方のないことではあるけど。
少し心細い。


「あっれぇ?めちゃくちゃ可愛い子いるじゃん!」
「マジで?うっわー、マジだ!」
「ねぇねぇ君ーぃお兄さん達とちょっと遊んでよーぉ!」
見るからにガラの悪い男の人達がこちらを見ていた。
「聞いてるぅ?」
不意にその男に人に腕を捕まれる。
「きゃッ」
「きゃッ……だってぇー可愛いーぃ!」
「あ、あのッ…手離して下さいッ…。お願いしますッ」
「ええー?どうしよっかなぁー。こんな可愛い子手放すとか、俺的にはないんだけどー」
「同ー感!」
「俺もそう思うわー」
そう言ってけらけらと笑う、男の人たち。
侑介くんは、先に帰ってて…って私が言ったし…。
ど、どうしよう…ッ…。

「お前ら、人の女に何してんだよ…?」

そこに現れたのは、少し息が乱れた棗さんだった。
いつも真剣な顔をしているが、今はなんだかいつもとは違う真剣さがあるように思われる。
「あ?男持ちかよ」
「マジかぁー…」
「マジねぇわ」
男の人たちが口々に何か言い始める。
「だから、俺の女だって聞いてなかったのか?早くその手を離して貰おうか」
そう言うと棗さんは不機嫌そうな表情になる。
男の人たちも不機嫌そうな顔はしているものの、まったく違うものに見えた。
理由は、私には分からなかったけど。
「チッッ…行くぞ」
「へーい」
「じゃぁねぇー」
棗さんの一言で男の人は私から手を離し、ここから立ち去った。
「…オマエ、怪我は無いか?」
「はい、有り難うございます!棗さんが来てくれなかったら、今頃どうなっ」――――
今頃どうなっていたか!そう言おうと思っていた。
でも、言葉は途中で途切れてさせてしまった。理由は至極簡単、だった。
私は棗さんに抱きしめられていたのだ。
「あ、あのッ!棗さんッ!?」
正面から覆い被さるように、棗さんの胸に埋まってしまっていた。
「棗さ 「良かった…何かされる前で…」
頭の上から声がする。さっきとは違う、優しい声だった。
「すまない、怖い思いをさせたな…」
「だ、大丈夫ですよ!!!それに、もう済んだことですから!!」
「それと…」
「それと?」
「勝手にオマエの事…すまなかった……」
「あッ…」
顔が赤くなっていく事は、手に取るよりも簡単に分かった。
さっきの言葉だ…。

『お前ら、人の女に何したんだよ…?』

「え、と…なんかこちらこそッすいませんッ!!!」
よく分からなくなってしまった私は、気付いたら謝ってしまっていた。
「フッ……なんでオマエがあやまってるんだよ…。」
くくくと咽を鳴らしている棗さん。
「なぁ…」
「何ですか?」
「すまない」
「えッ?」
俯いていたはずの私の顔が、棗さんの手、指によって持ち上げられる。
持ち上げられて見た棗さんの顔は、凄く綺麗だった。
整った輪郭、薄い唇、綺麗な鼻筋、透き通るような瞳…。
その瞳の中には私がうつっていた。
きっとそれは一瞬の出来事だったはず。でも次に棗さんがしたことがいきなりすぎて、離れなかっただけ。
と気付いたのは唇同士が離れてから大分経ってからだった。
え…今私、キスされた…?
無意識に唇に指が伸びた。
「やっぱり、すべきじゃないよな…」
「…えと、…」
「…ほら、行くぞ。ゲーム…渡したいしな、車に乗れ」
「あ、はいッ!」
強めに繋がれた右手をひっぱられ、少し驚きながらも私はそのまま足を進めた。

         ☆★☆

「着いたぞ」
「あ、はいッ…」
玄関の扉を開けてくれる棗さん。
「ありがとうございますッ」
靴を脱ごうとしてしゃがもうとしたとき、不意に後ろからたくましい腕が私を包んだ。
「な、棗さんッ!?」
はぁ…とため息を吐く棗さん。
その息が私の耳をなぞる、…くすぐったい。
「今更帰るって言っても帰すつもりはないぞ」
「えッ!?棗さんッ」
「………悪い、冗談だ」
そう言って離された手が、名残惜しそうに空気を掴むのを私が知るはずもなかった。
「あぁ、これだ。まだ試作品だからな、何かあったら連絡してくれ」
「あ、はい了解です!」
棗さんから貰ったゲームを鞄に押し込む。
「…?棗さん……?」
視線を感じた私は、目の前に腰掛ける棗さんに声をかけた。
「え?」
「私に何か付いてますか?」
「ん?…いやそんなことはない、が?」
「そうですか?棗さんが私を見ていたので、何か可笑しいところでもあるのかと思って」
「そうか…すまない……」
「どうしたんですか?なんだか棗さんらしくないですよ?」

「え?………誰のせいだと思ってるんだ、オマエは………」

「棗さん?聞こえませんよ?」
「別に聞こえなくてもいい、独り言だ」
「そうですか?」
「そうだ。ところで、どうしてあんな男達に絡まれていたんだ?」
「えっと、特には…。校門の前で立っていたら、先ほどような状態に…です。ハイ」
「そうか」
そう言うと棗さんは、私の右腕を掴んだ。
「ッ!?」
きつく、強く。
「棗さんッ!?」
怒っている、一言で言うとそんな感じだった。
でも、ただ怒っているという感じはしなくて。
怒られるような事をしたのかと問われれば、返す言葉もないけど。
「そうやって…俺の気持ち分かっててやってるのか?」
「えッ!?」
一瞬、棗さんの掴む手から力が抜けた。
でも一瞬だけで、すぐにきつく力がこもった。
「好きだ」
「つっ!?」
「好きなんだ、愛してる」
ぐいっと捕まれた手が引かれ、いきなりのことだったから体ごと棗さんに傾く。
「!!??」
今度は分かった。
私、棗さんにキスされてる。
驚きすぎて頭が真っ白になる。
「んッ…んんッ…」
くちゅくちゅと音か漏れる。
色んな角度から、何度も、棗さんの唇が落ちてくる。
「もう、押さえられないんだ」
唇が離れ、棗さんの声が耳を通った。
まるで、久しぶりに棗さんの声を聴いたような感覚だ。
「前にも言ったことがあるだろう?…オマエが好きでたまらないんだ」
「えッ…」
「あれは冗談なんかじゃない」




オマエの唇にキスしたことも、
オマエの事を抱きしめたことも、
理由をこじつけて半ば無理矢理家に入れたことも、
好きという言葉も、
愛してるという言葉も、
全て冗談なんかじゃない。
オマエのことが欲しくて、欲しくてたまらないんだ。
「棗さんッ」
ああ、そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。
困ったような、不安の色が混じった表情。
「好きだ。この言葉に嘘はない」
そう、嘘はない。
俺とオマエは兄弟で、大事な家族で。
でも俺はもうそんなことどうでもよくなってしまったのかもしれない。
『もう、無理だから』
オマエを妹として見るのも
理性を保つのも………

もう、無理だから。


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