不安定な欠片

□ささやかだけど幸福な時間
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私を抱き締めて満足したのか
薬研はとても良い笑顔を
向けてくれた後
すぐに離してくれた

(心の臓がときめき過ぎて辛い...)

そんなことを思っていると

「そういえば大将、他の刀剣男子には会ったのか?」

『えっ?.....まだ、会えてない...です。』

唐突に薬研が話しかけてきたので
少し驚いてしまった。
よく考えてみると薬研は神様である
神という存在に易々触れて良かったものか
そもそも敬語じゃなくて良いのか
等と思考が回り
自分の口調もなんだか
あやふやな物になってしまった

「いつもと同じように接してはくれねぇか?その..大将に敬語なんて使われるとどうして良いのか分からなくなっちまう」

薬研の機嫌を伺うような私に
薬研はとても不安そうな顔のまま笑った
その表情は見ていて
とても心苦しいものだった

『そんな顔しないでよ、薬研!!ほらっ!いつもと同じように愛するから!!だから!』

そんな泣きそうな顔しないで
と言おうとした.....が。
笑いを堪える薬研の顔を見て
その言葉が途中で止まってしまった

『ちょっと!?えっ!?』

「いや、すまねぇな大将。少し小芝居をうったつもりだったんだが...まさか、そこまで必死になるとは思ってなくてだな....」

話ながらも少し笑っていた薬研に
私は眉を潜めた


『そんなに笑わなくても良いんじゃないのかなー』

「大将っ、その顔は駄目だろう...」

『私の顔は元々こんなのですー』

「ははっ....はぁ...そんな顔しないでくれよ、大将。美人が台無しだぜ?」

『その手には乗らないんだからー!!』

「...........」

『...........』

『「......ふっ」』

お互いに黙ったかと思うと
何故か笑いが込み上げて
今度は二人して笑っていた

(こんなにも気兼ねなく人と話したのはいつぶりだろう)

「神無月は凡人とは違うからな」
「神無月さんは美人過ぎるから隣に並ぶと...ねぇ。」
「神無月さんに気安く話しかけない方が良いよ。あの人、人と話するの苦手っぽいし」
「神無月さんって、美人だし、成績良いし、完璧だよなぁ。何か高嶺の華って言うかさ...」
「神無月さんって...」

皆が私を決めつける
"神無月さんって"
その言葉はもう聞きたくなかった
自慢などでは無いが
"綺麗"とか"美人"とか腐るほど言われた
この容姿のお陰で得することもあれば
損することもあった

得なんて本当に小さなもので
損の割合の方がずっと大きい


自分より容姿が優れた者の隣には
女性は並ぼうとはせず
関わろうともしない。
自分より優れた成績を収める者には
敵わないと男性は諦め
下手に声をかけるとややこしくなると
関わろうとしない

そうすると、あーら不思議。
周りに人がいなくなる。

そうして、私は一人になった。

(......一人は別に寂しくないとか思ったんだけどなぁ)

目の前にいる
まだ、笑っている薬研に目を移す
とても大切な私の初鍛刀

私はそっと薬研に手を伸ばし
その頬に触れる

「....大将?」

薬研は不思議そうな顔をしたが
嫌な顔は一切せずに
薬研の頬に触れた私の手に
自分の手を合わせていた

薬研ニキと呼ばれる薬研が
猫のように自分に
すり寄ってくれるその姿が
とても愛おしい

そして、その時間そのものが
とても幸せだった

(やっぱり、誰かと話せるって幸せだなぁ)

『薬研、ありがとね』



ささやかだけど幸福な時間





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