不安定な欠片

□伝えたいことはひとつだけ
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俺達の主は変わっている。

いつも審神者の部屋には
こんのすけがいて
審神者の言葉を文にしたものを
近侍に渡す

内番や編成、次の近侍
鍛刀、手入れなど
今日行ってほしい全ての事が書かれている

主の姿は見ることが出来ないが
主が言った者に対してのみ
言葉を聴くことができる

誉を取れば
『流石だね!!このままガンドコ行こう!!』

そんな言葉に苦笑いするときもあらば

『誉...まんば君じゃなかったんだ。頑張ってたのになぁ...』

そう聴こえる時もある


演習などに出ると主は必ず
『うちの子が一番可愛い』
そう口にする。

主は『可愛い』『大好き』と
よく口にするようで
加州などが主に可愛い』と
言ってもらったとはしゃいでいるのを
見かける


戦に出掛けて
傷が付くものなら
主は涙ぐんだ声に代わり
自分の痛みのように泣いてくれる

帰還後はすぐに
手入れを行ってくれる


演習などで
ブラック本丸などという
意味のわからない物を
耳にすることがあるが
この本丸はそんなことなかった

この本丸とは
違う空間に存在している
俺達の主は文などでしか
指示を飛ばすことしかできず
本来ならばこの空間の審神者が
政府から排出される筈だったが
宵月以外の審神者を
この本丸の刀剣男子が
許す筈もなく
この本丸は実際は
審神者無しの本丸だった

それでも
皆がとても幸せな日々を過ごしていた

近侍は一人に
固定されているわけではなく
皆に分け隔てなくその役が回ってくる
近侍になったとき
初めて審神者の部屋に入り
この本丸の主と対面することができる

どこからともなく
聴こえてくる声ではなく
何かの膜のような枠のような
場所に映る主

近侍として
内番が終わったことや
遠征の成果を伝えると
決まって彼女は労いの言葉をかける
俺が何かを言うと彼女は
崩顔して笑うのだ

その顔を見るたびに
実感する"愛されている"と

たとえ、目の前にいなくても
伝わるほどの愛情を
どう返したらいいのか
なんて今更分かりはしないが


「....なんて、写しの俺が何を思っているんだろうな」


主は昨日は本丸を訪れなかった
その為、昨日と同じ
遠征、内番をすることにして
昨日と今日の報告をすることになり
山姥切国広は審神者の部屋に向かっていた

いつも騒がしい場所が
少し静かだった
主が一日訪れなかっただけでも
彼らはここまで静まり返るのだ

庭などに目線をさ迷わせている間に
主の部屋に着いており

「....入るぞ」

そう口にしてそっと障子を開けた
いつもは障子に手を掛けた時点で
彼女の声がするのに
今日もその声は聞こえてこなかった

その事に少し落胆したが
構わず報告書を見ながら
成果を伝える

「....兄弟達の手当てが無事に終わった遠征は昨日と同じところを回った。成果は、加州が直接言いたいそうだ。俺達の遠征も無事に完了した。三日月が帰りに何かを見つけたらしいから、それも聴いてやってほしい。.....報告は以上だ」

鍛刀に必要な物ならば
加州や三日月は
すぐに渡してくれたのだろうが
そういうものではなく
向こう側にいる主に
似合うのではないかと思い
見つけたもののため
やんわりと彼女に加州や三日月を
近侍にしてくれるように頼む

(まぁ、このまま俺でも良いのだがな..)

そんなことを思いながら
報告書を主の机に置こうと
部屋に目を向けた瞬間
視界に何かが映った

「っ!?」

それを見た瞬間
息が止まる音がした

(.....そんなはずはない)

そう思うはずなのに
彼女はこちらのこんのすけを
抱き締めていた

彼女は初めから
俺の報告を聴いていたようで
花が綻ぶような
微笑みを浮かべながら
小さく手を振った

『遠征お疲れさま。まんば君』

その言葉が......
表情が......

「.....ある...じ....か?」

向こうの空間にいた彼女で...

あまりの出来事に
手の力は抜け落ちていて
報告書が床に散乱した

そんなことにも気がとられる訳でもなく
俺は目の前にいる
彼女を見つめていた

すると彼女は再び微笑むと
そっと俺に近付き抱き付いた

『今日も今日とて本当に可愛い‼会いたかったよ、まんば君』

あの場所にいたときと
何ら変わらない言葉....

俺は彼女の背中に手を回し
そっと抱き締め返した

「.......あぁ」


伝えたいことはひとつだけ


「俺も会いたかった」







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