鬼と紅蝶

□第弐話
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―――

―――――…




場所は移り、4人は道場に来ていた。


勿論、何も聞かされていない隊士たちは各々練習に励んでいたのだが・・
土方が怒鳴り、半ば無理やりに道場を空けたのだ。

練習着で流れる汗を拭いながら、稽古していた隊士たちが端に寄って座り込む。




彼らの視線は沖田、それから少年をとらえていた。


両者の手には竹刀が握られている。




「入隊希望者?」


「へぇ…で、沖田隊長直々に腕試しをされてる訳かィ」

「どんな挑発したらそーなるんだか…」


「あの細っこいのがどんな戦いぶりを見せるか…見ものだなぁ」



呑気に喋る隊士らの会話を聞き流しながら、少年はうーんと唸った。


『……すいませ〜ん、ぼ…じゃなくって俺、基本二刀流なんで竹刀もう一本使っても良いですかーぁ?』



好戦的な眼でギンギン睨みつけてくる沖田から目を離し、
土方らの方をくるりと振り向くときょろきょろと竹刀を探す。


「?…いいけど、よォ……」



二刀流…?
――あぁ、そう言えばあん時の女も確か二刀流だったな…


なんで今、あの女の事を思い出すんだ?
と、少し自分に苦笑しながら近くにいた隊士に竹刀を渡すよう指示した。






「ザキ!悪いが審判をやってくれないか?」


近藤は山崎の姿を見つけると、
彼特有の人当たりの良い笑顔を浮かべた。



「えっ、俺なんかで良いんですか?局長」


「何、全く構わんよ」


道場に来てからというもの、
彼らの周りを行ったり来たりしていた山崎。
一向に誰にも気付いて貰えなかった分、話しかけられて、その上頼られて、
じ〜ん…と感動の眼差しに涙を浮かべていた。




「そ、それでは審判を俺、山崎が勤めさせて頂きます!!」


両者とも前へ…と仕草で促し、自分は中央に立つ。

山崎から見て左に沖田、右に少年。
2人が歩み寄って、瞳同士の火花と場の緊張は益々高潮する。








「――始めっ!」




昼過ぎの道場に山崎の声が響いた瞬間、その場にいた全ての者が眼を疑った。


少年が、"左手に持った竹刀を逆手に持ち変えた"のだ。
逆手と言えば、防御に長けた構えだ。

この場面で防御??
と全員の頭上に「?」が浮かぶ。


入隊希望者なら、守りより攻めで力を見せつけるのが普通だろうに…と。



少年のその構えを見て、唯一驚いた表情を浮かべていない沖田は
一瞬つまらなさそうな顔をすると、また好戦的な黒笑に戻し…

そして「攻め」の構えをとった。



「俺の腕試し…のつもりですかぃ?」


否定も肯定もしない少年。
さぁ?とでも言う様に、二コリと笑って首を傾げる。







「いい度胸でさァ――っ!!」




一気に沖田が少年の間合いに詰め寄った。







・・・総悟がいつになくキレている。


――おいおいヤべーな…あのガキ、総悟の加虐心をピンポイントで刺激していきやがる…なんなんだよあのガキは…


いよいよヤバくなったら俺が止めに入るしかない、か……

土方はいつでも止めに入れるように身構える。
近藤も同じ事を考えていたらしく、隣で同じ様に重心を低くしていた。






沖田が真っ向から一気に間合いを詰めた。

バッシィィィ!!
と鈍い竹刀の音が道場に響き渡る。

だが少年は、すぐに沖田の一太刀を受け流し後方に退く。
沖田の追撃をひらりとかわし、右の竹刀で胴を突きに行く。

少年がまともに太刀を受け止めないためか、
竹刀のぶつかり合う音よりも空を切る音の方が遥かに多い。


道場に響く、普段の腕試しとは違う音。

押しつ押されつ…
2人の攻防は続く。



段々と息が上がってくる沖田を余所に、少年の方は呼吸一つ乱れていない。



「(これはちとマズイですねィ…)」


沖田がそう心で呟いた途端、
まるで心でも読んだかのように少年の動きが変わった。

逆手に持っていた竹刀を普通の構えに構え直し、一気に突撃する体制をとった。


させるか、とでも言うように沖田が先手をかける。



「――もらいやしたっ!!」


間合いを詰め、低い位置から斜め上に振り上げる渾身の一撃。

沖田の持つ竹刀は少年の胴体に綺麗に決まる
――ハズだった。


確かに当てた感触はあった。


なのに目の前に少年の姿は無く…。
目の前ではだた、一本の竹刀がスローモーションの様に落ちていくのが見えた。


どっちの竹刀だ?

瞬時に沖田の思考回路が働く。
そして右手に感じる竹刀の感触。



「(俺のじゃねェ…ってことはアイツの…??)」


考えがそこに至った時、背後に気配を感じた。
だが、息が上がって身体が付いて行かない。



「――しまっ!」


沖田が振り返るのと同時に首に振り下ろされた、少年の左の手刀。

グホッ!と前のめりに膝をついた沖田。
そして彼を見おろす少年。



道場に沈黙が走る。
誰もがぽかんと口を開け、信じられないとでも言う様な顔をしている。


そんな中で少年は、軽い脳震蘯を起こしなかなか立ち上がれない
沖田の首に静かに右手に残った竹刀をあてがった。










「……い、一本っ!」






時が進むことを忘れたのか、とでも思うほど何の音もしなくなった道場に山崎の声が響いた。





 

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