鬼と紅蝶
□第壱話
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今夜は綺麗な満月の浮かぶ
なんとも幻想的な夜
こんな夜は月見酒に限る…。
普段であれば、高杉は窓の縁にでも腰掛けながら銚子を片手に晩酌を嗜んでいる時間だ。
とある歓楽街では稼ぎ時だとばかりに呼び込みをかけるボーイや今夜はヤケだと騒ぐ酔っ払いで賑わっている。
そんな極々日常的な時間が流れる歌舞伎町とは裏腹に、江戸の外れ港に停泊していた鬼兵隊船内のある一室では穏やかでない空気が漂っていた。
「─鬼兵隊総督、高杉晋助!今日こそお縄に着いてもらうっ!」
黒い服に身を包んだ個性的な赤毛の女が刀の切っ先を男に向け仁王立ちしている
「「…………」」
「…ふん、シカトとはいい度胸じゃない。でも黙ってられるのもここまでよ!高杉晋…いやッ!唯我独尊オラオラ総督ッッ!!」
「…………ほお…」
「ぶっは…紅、それはダメッス!……ぷぷ」
「……っ…ククク……」
「相変わらず中々言いますねぇ紅さん…いえ、そういうの嫌いじゃありませんよ私は」
そんな女と対峙するは、先程から切っ先をつきつけられている鬼兵隊の頭、高杉晋助をはじめとした彼の部下幹部の面々。
だが奇妙なことに、刃物が出しゃばるこの場に殺伐とした空気は一切ない。
むしろ各々個人が笑いを噛み殺すのに必死という状態だ。
刀を向ける赤毛女と、それを真っ向から見据えている後一名を除いては…だが。
紅い弾丸と恐れられる来島また子という女は、自身が最も敬愛する上司が刃を向けられているにも関わらず、目尻に涙の粒を浮かべて必死に笑いを堪えている。
かの有名な人斬り、河上万斉ですら左手で口元を覆いピクピクと肩を震わせている有様だ。
「ず、随分と余裕じゃない…でももう逃げ場はないわ!あたしの手に掛かれた事を幸せに思いながら、今後の長ーい人生を牢獄で楽しみなさい!
…覚悟っ!!」