lilac

□全てのはじまり
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──最悪な誕生日だ。
ナマエは今にも口からすべて出してしまいそうな吐き気に耐えながらそんなことを考えていた。
「……ゔっ」
まるで内臓をかき乱されるような感覚が体を襲い続ける。
内臓を掻き回されたかと思えば次には全身を色々な方向へ引っ張られたり、押されたりする感覚。 地獄かと錯覚するような酷い苦痛だ。
「た……す……け……」

全てはあの事が原因だ。ナマエは過去の自分を恨んだ。



──こんな目に合うことになったのは、遡ること1時間ほど前の出来事が原因だ。






「ただいまー」
買い物から帰り、誰もいない家にナマエの声が響く。
それは、いつものことだ。
特別、寂しさなど感じない。


物心がつく前に父親は事故で亡くなったらしく、顔すらも覚えていない。なんとなく覚えていることといえば鼻歌を歌う癖があったこと、そして温かい手に傷のような痣のようなものがあったことくらいだ。



「ふー、今日も暑いなぁ……」
額の汗を拭いながらリビングに入り、テーブルに置いてあった母親からの手紙を見つける。
母親はナマエを養うため仕事に打ち込んでいる。花屋を経営していて大忙しのためほとんど家にはいない、俗に言うキャリアウーマンだ。

手紙の内容を読むと、そこでやっと今日が7月31日──自分の誕生日──であることを思い出した。

“ナマエへ
17才の誕生日おめでとう。
今日は仕事が終わったらケーキを買ってすぐに家へ帰るね。
それと、今日は大事な話があるから家で大人しくしててね。
じゃあお母さんは仕事にいってきます。
P.S.洗濯物入れといて!“

「大事な話……?」
何事かと疑問に思った。

母親は仕事で忙しく、ここ数年はまともに話さえできていない。ゆっくりと話すことなど、いつぶりだろうか。
ナマエは心のどこかで久々の会話を楽しみにしていた。



2階の自分の部屋まで上がり、ベッドに大の字で横になり天井を見つめた。
きっとまだ仕事の終わる時間ではない。ナマエはゆっくりとまぶたを閉じた。


バチンッ
突然大きな音が近くで聞こえて目が覚めた。どれくらい寝ていたのかは分からないが、日が傾き始めているので長く寝ていたのだろう。
「(……気のせいか……)」
眠かったのでもう一度瞼を閉じる。

すると、隣の部屋からガチャガチャと何かが動く音が聞こえた。次こそは目がはっきりと覚めた。ナマエは瞳を閉じて耳を澄ませる。物音は何かを物色しているような音だ。
「(……泥棒……!?)」
バタンと自分の部屋の扉のしまる音がした。自分のすぐそばで床の軋む音がする。
ナマエは反射的に近くにあったスタンドライトを掴むと思い切りその方向へ投げた。
「我が家に盗みに入るとはたいした度胸じゃぁぁあ!!」
本当は少し怖かったが、虚勢を張って大声を出して威嚇をする。寝起きのため、少し声が裏返った。
投げた方ではガツンと大きな音がして、何かに当たったというのは明確だった。

「あれ……!?」
しかし、スタンドライトを投げた方向は本棚。
誰もいない。

だが、床にはきちんと仕舞われていたはずのハリーポッターシリーズが積み重なっている。
そこに置いた記憶はない。

「泥棒……じゃない……?」
ナマエは振り返った。
そしてそのまま硬直した。
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