作品3
□2014☆夏企画
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「だからな、ステファン」
「…わぅ」
普段から「乗っちゃいけません!」ときっちりとサッチに躾されていたテーブルに、イゾウの手により強引に乗せられたステファンは、些かしょんぼりとした様子で気の抜けた返事を返す。
少しだけ離れた場所に腰掛け事の成り行きを伺っているナツコは、ステファンが時折寄越す助けを求める視線に心の中で「ごめん!」と叫びながら、サッチが用意してくれた冷やし飴に舌鼓を打っていた。
「…俺ぁラクヨウの奴に言ったんだよ、不可抗力だ、ってなァ。」
「…わふ。」
「仕方ねえだろう?女が勝手に寄ってきやがるんだからよォ…」
「……わふ。」
イゾウはどうやら先日行った酒場でラクヨウと揉めた事をステファンに愚痴っているようだ。
「大体、俺ぁ旨い酒が飲みたくて行っただけさね。女なんざ、別に要らねェのに向こうが勝手に寄って来るんだからよぅ…」
「……わう。」
こんな人生相談めいた事を生後一年にも満たない子犬である自分にされたところでどうにもならない。だが、返事をしなければしないで「聞いてんのかァ」と額をつつかれるのだ。
しかも、この目の前で管を巻くかの如くぶちぶちと喋り続ける男は、現時点ではシラフのはずなのだ。人よりも格段に鼻の良いステファンは、普段の宴などでは余りにも酒臭い人間は避けているのだが、今回このイゾウに関しては普段から比較的穏やかな人物であった事に加え酒の匂いも微塵に感じなかった為に、完全に不意討ちだったのである。
したがって易々と捕まる羽目になったステファンは、視線を右往左往させながらもなしくずし的に話に付き合っていた。
しかし、ずっとこうしている訳にはいかない。
何故なら、自分には食堂においての「特等席」があり、それ以外のテーブル等には乗る事はおろか前足をかける事も厳禁である、とサッチと「やくそく」したのである。この船のボスである親父の言い付けはもちろんの事、毎回特製の美味しいご飯をくれるサッチとの「やくそく」はステファンにとってかなり上位の優先事項なのだ。
故に、ステファンは奮起した。
「……わうっ!」
「お?どうしなさったァ?」
伏せていた姿勢から勢いよく上半身を起こしたステファンは、毅然とした顔で一声鳴くとトスンと床へ降り、疑問を呈するイゾウを他所に颯爽と歩き出す。
そして扉の前にいたクルーに一声かけ廊下への脱出に成功すると、ため息をついて歩き出した。
少し静かな所へ行きたい。
そうだ、親父の所へ行こう。
そう考えながら。
トコトコトコトコ…
サカサカサカサカ…
「………。」
「……ふふっ。」
トコトコトコトコトコトコ!!
サカサカサカサカサカサカ!!
モビーディック号の長い廊下を三倍速再生かの如く早足で歩く一匹と一人。すなわちステファンとイゾウは互いの顔を一瞥もする事無く目的地へとひたすら歩く。
反応したら負けと心得ているのだろう、ステファンはイゾウが怪しげな笑いを溢しても、ぴったり同じ距離を保ってついてきていても一切スルーした。しかし普段ならば空気を読んでそっとしておいてくれるはずのイゾウが、何故か今日に限ってはしつこくついてくる。
だが、この時のステファンには勝算があった。
いかに、この船での地位が高い「隊長」と言えども、ボスである「親父」の寝床には易々とは入ったりしないだろう。
そう考えたステファンは辿り着いた先、「船長室」というプレートが掲げられた大きな扉の隅に設置された自分専用のドアを潜ると勝ち誇った様に胸を反らし「ふん!」と息をついた。
だがしかし。
コンコン、ガチャ。
「親父〜、入るぞ〜。」
現在、絶賛崩壊中のイゾウは甘く無かった。
ノックとともにナチュラルに船長室に入ると、
「ステファンとイゾウたぁ、珍しい組み合わせだなァ。グララララ!」
「そうかい?…俺だってたまにゃ親孝行でもするさね。」
「そうかそうかァ!グララララ!」
「親父ィ、肩はこって無ェか?」
などと、和やかな親子の会話を始める。そして、今まさにステファンがいる白ひげの足下へと移動するなり
「ようステファン。」
と、先ほどまで散々愚痴っていたのを忘れたかのような爽やかな笑顔を浮かべ、彼の小さな身体を抱き上げた。そして異変を感じた白ひげが
「おい、イゾ…」
と言いかけたのも束の間、いきなりステファンのもふもふの腹部に顔面を埋め「ふふふふふふ」と不気味な笑い声を上げ始める。