作品3

□2014☆夏企画
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リクエスト内容
〔現実,宿題,仕事…などなど、煮詰まるヒロインを突然連れ出すイゾウさん〕




気を利かせて食事を運んでくれる家族や、運良くシャワールーム付きの部屋になった事が仇になって、もう数日部屋を出ていない。


「…終わったら…絶対下船する…買い物して美味しいモノ沢山食べるんだ…マルコ隊長のツケで…」

呪いの言葉の様に呟いて、霧散しそうなやる気を掻き集める。体力なんてとっくに尽きている。まさか事務仕事で気力をフルに発揮する事になるなんて、海賊になった時には想像もしなかった。てか、海賊が何をやってんだか。


窓の外を見れば、少しずつ近付く島影。
我が1番隊の自由時間は初日のみ。つまり、寄港までにこの仕事を片付けないと、私の自由時間は潰れる事になる。

カリカリとペン先が紙を掻く音が波音に混ざって響く。下船したらペン先も買い足さなくちゃ。それと新しい服に靴、いいナイフを置いてる鍛冶屋とかも有ると良いなぁ……


……ンコン…ドンドン!


「あ、はいっ」

些か乱暴に扉を叩く音に、明日に飛んでいた思考が戻される。また誰かが差し入れでも持ってきてくれたのか、と立ち上がるより先に、ガチャリと荒っぽく扉が開いた。

「反応がねェから寝てるかと思ったら…しっかり起きてんじゃねェか」
「イゾウ隊長!?」

動く気配を察せない人じゃないから、私が寝てはいなかった事なんてお見通しの筈なのにこの調子、きっとすぐに返事をしなかった私に対する軽い皮肉だ。それでも身体を半分差し入れたイゾウ隊長が手にするトレイを見れば、抗議をする気なんてたちまち消え失せる。

「イゾウ隊長が、わざわざ…?」

夜食の時に私が好んでリクエストするホットサンド。その横に二つ並んだカップからふわり、と立ち上る珈琲の薫りが、距離の分遅れて届いた。

「昼から食ってねェって聞いたからな。腹減ってたら頭回んねェだろ?」

「マルコは気が利かねェからなァ」と嗤ったイゾウ隊長は、散らかるデスクに僅かに空いていた隙間にトレイを置き、部屋の隅に避けてあった椅子を引っ張り寄せて座るとカップを一つ手に取る。
どうやらイゾウ隊長もここで一服するつもりらしい。

「いただきます」

残されたカップを口元に寄せると、ふわふわと甘い香りがした。ミルクと蜂蜜のカフェオレ、私が疲れた時に欲しくなる飲み物だ。

「甘い…」

何故知っていたんだろう、とか
何で今欲しいって分かったんだろう、とか
ハムとチーズに刻みキャベツのホットサンドが一番好きって、話した事あったっけ?とか。
一口ごとに熱くなる思考はエスカレートする一方だ。


珈琲を一口啜る度、こくりと小さく動くイゾウ隊長の喉。離したカップから覗いた、僅かに濡れた唇が妙に色っぽくてドキドキする。
疲れで色々なモノが欠落気味の私には、それはもう強烈な刺激で。
お礼も忘れて、うっとりと見惚れる。


今日に限らず、何故か何かにつけて世話を焼いてくれるイゾウ隊長は、いつからか私にとって隊長以上の存在だった。


すっと袂に手を入れ煙管を取り出す仕草に、ほぅと小さく溜息を吐いてしまい、慌てて書類に視線を戻す。



「あの…」

ペンを再び走らせる手元に注がれる視線。
簡単な集計だから、間違えてはいないと思うんだけど…

「…どうした?」
「見られてると気になって…」
「それ、寄越しな」
「へ?」
「集計なら俺がやっても問題ねェだろ?ナツコはそっち終わらせな」
「え!?ダメです!イゾウ隊長に手伝わせたら、マルコ隊長に叱られる」
「俺も明日は非番でな、ヒマなんだよ」
「はい?」

何でそれを私に?
確かに16番隊も明日の作業割り当ては無い。
でもイゾウ隊長の事だから、きっとまた朝まで飲んでしれっとモビーに帰って来るん……

「マルコに怒られんのと俺と降りんの、どっちが得か分からねェ程、ナツコは馬鹿な女じゃねェよなァ?」
「……」

賢い女では無いけど、物分りのいい女で在りたい、私のそんな密やかな願望も、イゾウ隊長の前では容易く曝け出されてしまう。

「…宜しくお願いします」


思わず目を見て微笑んでしまったのは、書類を渡す時に触れたイゾウ隊長の指先が少し熱かったから。

色恋で心が揺れるだなんて、海賊になった時には想像もしなかったけれど、これはこれで悪い気はしなかった。


「マルコに見つかる前に降りちまうか」
「見つかったら、一緒に怒られて下さいね」

fin.
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