作品3

□2014☆夏企画
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白ひげ傘下の海賊船の寄港はたまに有るけれど、せいぜい数十人、多くても百人程度の経験しかない。

本船の上陸は何から何まで、まさに桁違いだった。


海賊で溢れ返る島は、どの店からも賑やかな声が漏れ聞こえ、お客を求め酒場を渡り歩くお姉さん達もいつもより気合いが入って見える。馴染んだ顔なのに一瞬誰か分からない位なんだから…女の人って、コワイ。



「おねーちゃん、こっちも酒の追加頼むぜー」
「はーい、ただ今!」

今まで店に来たどの海賊団よりよく飲みよく食べよく笑い、そしてとにかく豪快に羽目を外す。

「お待たせしました!」
「おねーちゃん、よく働くよなぁ。名前なんてぇの?」
「ナツコです。お陰様で、忙しくさせて貰ってます」

海賊にしたって随分と個性的な見た目に反し、黄色いスカーフがキュートで可愛いお兄さんは、だらりとソファに身体を投げてへラリと笑い、気安く声を掛けてくる。

「こっちも追加な!あと肉ピラフ大盛り!」

そう叫んだ帽子のお兄さんがバッタリとテーブルに倒れこむのが視界の隅に見えたけど、もういちいち気にしてなんていられない。

「…はーい」

そう大きくない店は白ひげ海賊団の貸切状態で、目まぐるしいなんて言葉じゃ物足りない。
それでいて心地好い忙しさに、バタバタとフロアを走り回りながら、何年も何年も焦がれて記憶に焼き付けたあの人を待ち続ける。
とは云え、酒場はここだけじゃないから他へ行ってしまう可能性だって高い。

大丈夫…ログが溜まるまでまだ日数はある。
島の中で見掛けるかも知れないし、今度はウチの店に来てくれるかも知れない。

保冷庫の中で冷やしているお酒を、まかり間違えてマスターに出されないよう奥にしまい込み、とりあえず今は目の前のお客さんに集中する事にした。





「いらっしゃいませー!」

漸く店内が落ち着いた頃。
カラン、と控え目に鳴ったドアベルの音に条件反射で言葉を返しつつ振り返ると、その光景にどくん!と大きく、痛いくらいに心臓が暴れた。

(あの人、だ…!)

間違いない。
浜辺で会ったあの人が、あの時と殆ど変わらない姿でそこに立って居た。
ほんの一瞬絡んだ目線は強く、初めて明るい場所で見たその姿は、心の中に焼き付けていたそれ以上に鮮やかで凛々しくて。

「イゾウー遅えっての」

(イゾウさん、って言うんだ…)

その名前の耳慣れない音が、胸の奥を擽る。

「ナツコちゃん、こいつの酒も頼むわ」
「あ、はーい!」

イゾウさんが席に着くと、客引きに来ていたお姉さん達が分かりやすく色めき立った。
俄か賑やかになった客席の温度とは裏腹に、その光景は急激に私の体内温度を下げる。


あの時は外で少しだけしか会わなかった。
それ以前に私はまだ子供で、こう云う光景に思い至るだけの経験が無かった。
今は大人になったし、こうやって酒場で働いて居るからこんなのは日常の光景だけれど…それを自分の事に当てはめて考えられなかった。
こんなに綺麗に大切に守って来た想いだったのかと、思わぬ形で思い知らされる。


…仕事なんだ、私もお姉さん達も。
そう言い聞かせて、イゾウさんの元へとジョッキを運んだ。


慣れた仕事で良かった。
何も考えなくたって、身体は動くから。





「サッチの側は喧しくて敵わねェ」

ハッとして振り返れば、辟易とした表情のイゾウさんがカウンターのスツールを引いている所だった。

「…賑やかな方ですよね」

サッチと呼ばれたスカーフの人を一瞥すると、イゾウさんはそのままどかりと腰掛けた。
マスターは厨房で大盛り肉ピラフと再び格闘中なので、自然な流れで私が接客する。

「何を…飲まれますか?」
「そうだな…お前さんに任せる」

上ずる声を殺しつつ尋ねた問いにそう答えられてしまえばもう、出す物は一つしか無い。保冷庫の奥から取り出したお酒の栓を、ポンと抜いた時。
ほぅ、とイゾウさんが小さく息を吐いたのが聞こえた。
緊張で震える手を抑え、上客の時にしか使わないグラスに丁寧に注ぐ。

「お口に合うか分かりませんが…」

ふわり、と漂う甘い香りと共に、そっとイゾウさんの方へグラスを供した。

「…美味いな。ここでこんな酒に出会えるとは思わなかった」

こくりと美味しそうに喉を鳴らし、すっと気持ち良くお酒を流し込むイゾウさんの表情に、私までお酒を飲んだみたいに頬が熱くなる。

仕入れて置いて良かった。
ここで働いていて良かった。

そこからの時間は、吃驚するくらいにゆっくりと流れた。
特に多くの会話は無くとも、私の気持ちを満たすには充分だった。

私の事なんて覚えていないだろう。
それでもあの人が現実に目の前に居て、こうして向かい合って会話が出来る日が来るなんて、一度でも想像した事が有っただろうか?

「美味かった。また来るよ」
「ありがとうございます…!お待ちしています」

飛び跳ねる様にそう返すと、振り向かずひらりと片手を上げて応えてくれたイゾウさんを、店の外まで見送った。



「ナツコー!早く店に戻れ!手が足りねぇよ!!」
「はーい。すぐに行きます!」

夢の様な時間が終わり、私は再び現実の喧騒の中へとステージを戻す。

それでも上気した気持ちだけは、心の中で静かに熱を放ち続けていた。
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