作品3

□2014☆夏企画
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リクエスト内容
(イゾウさんに「お前ェさん、綺麗になったな」と言われる)





子供の頃の思い出ってのは意外と鮮明なモノだ。

木登りして落ちた事
隠れん坊して迷子になった事

痛い思い出だけじゃない。

初めて食べた甘いお菓子
初めて見た移動サーカス
初めて一人で眠った夜

初めて真近で見た、海賊―――







「ナツコ!何処だナツコ!」
「はいはい!ここに居ますよ、マスター」

普段はどちらかと云えば寡黙なマスターの大声にカウンター下のストックから這い出ると、バサリと乱暴に札束を置かれギョッとする。
まさか、今日で店を畳むとか?いやでも退職金にしたって多過ぎる。

「問屋にひとっ走りして酒を買えるだけ仕入れて来い。上質の酒も幾つか入れて構わねぇ」
「今からですか?まだ優に3日分は在庫有りますよ?」

日頃から在庫管理に厳しいマスターの予想外の発言に目をぱちくりとしていれば、商魂を隠さずニヤリと笑われ思わず半歩後ずさった。

「白ひげ海賊団の本船が来るんだ。久々の商機を逃す訳にはいかねぇだろ」
「白、ひげ…?」

思ってもみなかった名前に、どきりと痛い位に心臓が跳ねる。

「ぼーっとしてねぇで、分かったら他の店に取られる前にとっとと行って来な!」

ばさっと胸元に押し付けられた札束を慌ててエプロンで包んだ私は、返事もそこそこに一目散に問屋へ向けて駆け出した。


(白ひげさんの船が来るんだ…!)


大きな大きな鯨の船
初めて見た魚人族や巨人族
白い髭の大きな人

それは初めて見た、本物の海賊団―――


その時10代半ばだった私の両親は些か心配症気味で、白ひげ海賊団の寄港中は外に出して貰えなかった。お陰で私は日がな一日窓の外を通る海賊達を眺め、いつもより賑やかな往来の声を漏れ聞く事しか出来なかった。

それでも、出港前夜。
居ても立っても居られなくなった私は、両親が寝静まるのを待って、そっと家を抜け出した。
どうしても、四皇の船と云うモノをこの目で見てみたかったのだ。

港に近付くまでもなく、通りに出てすぐその船の姿は視界に飛び込んで来た。距離感が分からなくなる程に、大きな大きな船。
擦れ違う海賊達からは不思議と恐怖を感じる事は無かったが、私は港では無く港の見渡せる浜辺へと急いだ。

(…くじら……?)

まるで物語から抜け出て来た様な、白鯨を模した大きな船は現実離れしていて、呆気に取られ立ち尽くす。


あの大きな鯨が波を割り大海原を走る姿は、どれだけ素晴らしいのだろうか。
あれだけ大きければきっと、海王類だって尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。
あんな高い位置から見下ろす海と云うのは、きっと私の想像を遥かに超えた壮大な光景なんだろう。


落ち着く気持ちと反比例して、その船は私の想像力を全力で掻き立てる。

「名前…なんて言うのかな」
「モビーディック号だ」

音にした自覚すら無い独白に応えたまさかの声に驚く事も忘れ返した言葉は、我ながら間抜けなモノで。

「こ…んばんは。お散歩ですか?」
「あァ…月が綺麗だったからな」

先に声を聞いていなければ、女の人と思ったに違いない。見た事の無い格好をしたその男の人は、ゆったりとした衣服の裾をばさりと翻しながら私の方へゆっくりと近付く。

「好奇心旺盛なのは嫌いじゃねェが、気を付けな。全ての海賊が俺達みてェな訳じゃねェからな」
「白ひげ海賊団の…人なんですか?」

この島では見た事が無い人なのにそんな事を聞いてしまったのは、その人の相貌からは海賊だなんて思えなかったから。
鮮やかな紅を乗せた口元を緩く上げて肯定したその人は、たっぷりとした袖口から何かを取り出してくるりと弄んだ。

「送ってはやれねェが…早く帰って休みな、お嬢ちゃん」

そう言って踵を返した海賊の豊かな黒髪が、月の光を受けてとても美しく艶やかに輝いていた。

それは、私が初めて出逢った海賊――



(あの人…まだ居るのかな…)


「……ナツコ、聞いてんのか!?」
「あ、ごめん。考え事してた」
「頼むぜ、こっちは目一杯勉強してやってんのに」
「じゃあついでに配達もサービスしてくれる?その代わり追加で、そこの東洋のお酒も一本貰うから」
「イイのか?!こいつぁ高ぇぜ?」

ウチのマスターの性格をよく知る店主は心配そうな目線を向けてくれたが「上質の酒も入れていい」って言われてるんだ。遠慮無く仕入れさせて貰う。

「これだけは持って帰るね。じゃあよろしく!」

発注書と酒瓶を抱えて外に出ると、街の雰囲気がいつもより高揚している様に感じた。
これはまるで、お祭りみたいだ。
子供の時には味わえなかった空気を噛み締めつつ店へと急ぐ途中、海の見渡せる辻でそちらを見れば、普段は見えない影が遠目に見えた。

(モビーディック号だ…!)

まるで島の様なその影は、それでも少しずつ此方へ近付いて来る。

昂ぶる気持ちを抑え、白ひげ海賊団を迎える準備の為に、私は店へと飛び込んだ。
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