作品3

□2014☆夏企画
11ページ/26ページ

リクエスト内容
(妖艷で鬼畜?なイゾウでポーカーフェイスも崩してみる。〕





「イゾウがさ、毎晩踊ってンだよ」
「え?」


きっかけは些細な事、
エースが唐突に告げて来たのだ。
イゾウが、毎晩甲板で舞っている、と。
私はどちらかと言うと早寝早起きだから気付いてなかっただけなのかも知れないが、他の人間は知っているらしい。

別にイゾウが舞うのは不思議な事ではない。
よく宴の時に余興として舞って見せてくれたもんだ。
けれど、何故、夜中に人目を忍んで舞うのだろう。



「どうして?」
「…知らねー」


ふぅん、と。
素っ気なく興味無さそうに返事をしてみたけれど、実の所気になって仕方がない。何故誰もその理由を知らないのか、聞かないのかと考えると同時に、胸がトクンと一つ鳴った。

気になるなら確かめろよ、そう言い残して去って行くエースの背を見送りながら、今夜は長丁場になりそうだと覚悟を決めた。

普段からポーカーフェイスを保っているイゾウの、仮面を剥がすチャンスかも知れないとも考えてしまった。やはり女に生まれたからには、想い人の全ての表情を拝んでみたいと考えるのは、私のエゴなのだろうか…?



草木も眠る丑三つ時、と言った表現がピッタリはまる程の時間帯にわざわざ目覚ましをかけておいた。もちろんいつもより早く就寝する事も忘れなかったから、零れる欠伸はちょっぴりで済んだ。
こっそり、気付かれないよう忍び足で甲板へと迎えば物陰に先客…確かめろと言ったエースとサッチが既にいた。


「何してんの」
「ナツコ、」
「そろそろイゾウが来る時間だからよ」


何故、毎晩の舞の理由を問わないのかと聞けばサッチの口から飛び出たのは『聞けねぇんだよ』と言う何とも情けない言葉で、エースもそれに苦笑いで応え、見ればわかると小さく続けた。



「…来た、」


サッチが甲板を見詰めながら短く言葉を発して、釣られるように其方へ視線をやれば、確かにイゾウらしき人物が現れた。


「なんか、普段のイゾウじゃねぇんだよな」
「頭に何か着けてんの、見えるだろ?」
「…ッ、」
「ナツコ?どした?」
「…病、鉢巻…」
「ん?」


いつもは綺麗に結われている黒髪は乱れ、額には紫色の長い鉢巻が着けられていた。私はアレを知っている。
サッチ達にもわかりやすく、紫色の病鉢巻は薬草とおまじないの効果があるんだと告げれば、二人は些か納得が行ってない風だったが『そうか』とポツリ呟いた。

イゾウが病鉢巻を着けているワケを、私は直後に知る事となる。恐らく、私とイゾウしかしらない真実。


暫しの沈黙の後、誰かの息を呑む音が響く。
それはサッチだったかも知れないし、
エースだったかも知れないし、
もしかしたら私自身の音だったのかも知れない。

それ程までに、
突如として舞い始めたイゾウは
消え入りそうなくらい儚げで
見る者全ての魂を喰らい尽くす程、妖艶だった。


乱れ髪に紫色の病鉢巻、
女性用の真紅の小袖を羽織って緩やかに舞うイゾウ。
月明かりに照らされたしなやかな手は
青白く浮き彫りになっていて、
まるでその手だけが別の生き物みたいに
妖しく蠢いて。

その手だけに視線を囚われていたのだけど、
ふっと表情を見て、更に息を呑んだ。

どうして、そんなに苦し気なのか
どうして、そんなに切な気なのか
どうして、そんなに。



「なんて…顔するの……」
「…な?聞けねぇだろ?」


いつも、宴の時に舞うイゾウは
ポーカーフェイスはそのままに
何処か色香漂う表情で、
何処か楽しそうに、嬉しそうに
それはそれは軽やかに舞うのに。

今私の眼前で舞っている彼は
見ている此方の心臓が握り潰されるんじゃないかと見紛うほどに、辛そうに苦しそうに舞っている。
そんなに辛いなら舞わなければと思う反面、その表情や艶めかしい動きから目が離せないと言うのもまた事実だ。

サッチ達が
ワケを聞けないのもわからないでもない。
けれど、
私は気付いたから、気付いてしまったから。
彼の舞っている演目に。



「なんかさ…見てると苦しくなんだよな…」
「うん。わかるよ」
「結局今夜も、聞けずじまいってな」
「…うん」



ほう、と。
誰からともなく溜め息が零れれば
それを合図に張り詰めた空気が和らぐ。
部屋に戻ると言うサッチ達に、もう少し残ると告げて私は再度舞い続けるイゾウに視線を移した。




「…あれ、保名だよね……」



イゾウが踊っているのは「葦屋道満大内鑑(あしやどうまんおううちかがみ)」の一部分、保名だ。今では後半の葛の葉が有名だけれど、私はこの保名が大好きだった。

安倍保名が妻、榊の前を亡くして、狂乱して嘆き、春の野辺 をさまよう。美男が狂乱して女性の幻を追う、という曲だ。
紫色の病鉢巻をして、乱れた髪で登場する安倍保名は、恋人とも妻とも言われる女性「榊の前」を亡くして狂乱する。

形見である小袖を持ち、榊の前の幻を追って、春の野辺で狂乱する様は、観る者に哀しさを迫るような曲で。然して長いとも言えない時間の中で、美しい男の哀しさ・切なさ・狂乱する程の恋心を表現するとても難しい曲なのに。



「……ッ、」



イゾウだからかも知れないけど、
ここはモビーの甲板に他ならないのに
どうしてまるで野原にいる様な幻覚が見えるのだ。

どうしてイゾウが
花が咲き乱れる野原で舞っているように見えるのだ。
どうして私は、泣いているのだ。


あぁ、あぁ、そうか。
イゾウはあの人を想って舞っているんだね
あの人を想って、心で泣いているんだね。

遠い昔に酔ったイゾウから聞いた事がある。
おれには亡くしてしまった許嫁がいたのだと。

今でもイゾウの心は、
その人に囚われていたんだね。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ