作品3

□2014☆夏企画
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リクエスト内容
〔不器用なイゾウさん〕





「なに?てか、誰?」

「俺を……知らない、だと」


【君じゃなくて、君が好き】



季節は残暑

校庭には部活に励む野球部の声だけが響いていた
この声を聞いていると、普段は暑苦しいなとか、私なら倒れてしまうなとか、そんな考えが今日は違うものに聞こえる
それはきっと、夏休みという時期と学校が静まり返っているという事がそうさせるのだろう

要は、私には今それほどの余裕があった
野球部の声を心地の良いものだと、読書をする為のBGMには丁度良いと思う余裕があったのだ


それを崩されるまでは、ああ、なんて

今日は厄日なのかもしれない




「なに?てか、誰?」

「俺を……知らない、だと」


図書室で本を読んでいた
誰もいない図書室にひとり、なぜいたかと言えばそれはなんとも簡単だ
私が図書委員だから
そして、ほぼ夏休みに予定がない私は皆が嫌がったこの夏休み図書室、というものを自ら選んだ

「ありがとうナツコ」
「いや本当に助かった!」

頭を下げて礼を言っていた他クラスの図書委員の子達が
脳裏に浮かんだ



「あ、そういえば返却忘れがあったんだ」

「は、おい待ちな」


はぁ。
この人は、さっきから何なのだろうか
図書室の扉を少し大きな音を立てて開けられた

どうしたのかと思えば、
よく知らない、よく噂で聞く黒髪の綺麗な男が近づいてきた
制服のシャツを腕捲りして、ネクタイは外した第2ボタンの位置まで下げられている


「あ、んた……」

「え、私?」

「………」


急に人の事をあんたと呼んだこの綺麗な男
目が点になってしまった私を他所に、それ以上にこの人は目が点だった


誰だと聞けば心底びっくりされた
本当は知っている
私と同じ学年のイゾウ君でしょう?
クラスは分からないけど、凄く人気があることは知っている

でも私はこの人と
話したことなど、ない

はっ、はっ、と息を切らしてどうしたのか
ここまで走ってきたのかな

イゾウ君は何でも出来るらしい
顔が良くて頭も良くて、
運動神経だって、良い

女の扱いに慣れていて、そりゃモテるだけある

少しだけ開けた図書室の窓から
サラサラと生温い夏の風が入ってきた

私は揺れる自分の黒髪を押さえれば、目の前のイゾウ君も同じように自分の黒髪を押さえていた


あ、かっこいい
この人、

かっこいいなぁ


「あんた、男はいるのかい?」

「え?」

「……いや、そんなに綺麗な髪だから男がいるのかと思っただけだ」

「髪?……それなら、イゾウ君の方が綺麗だよ」

「あ?俺ァそんな事言われても嬉しくな……おい待ちな」



一度下げた視線を私に戻したイゾウ君は
今日一番の驚きを顔全体で見せてくれた



「な、俺の名前…知ってるのかい?」

「知りませんよ、たぶんそうだろうなと記憶を遡っただけです」

「いや、あんたは俺を知っている」

「すごい自信……それより何か用があるの?もしかして貸し出しですか?」



声の大きさがバラバラだ
小さく話したり、急に声をあげてみたり
この人はこんなに世話しない人なのかな


なんだがイゾウ君のイメージが少し変わった気がした
いや
イゾウ君のイメージ、だなんて
私は偉そうに言えるほどこの人を知らない



「貸し出し?俺ァ貸し借りは好きじゃねェんだ」

「はぁ」

「だから、貰いに来た」

「え?」

「何度言わせれば気が済むんだい?いっそ蜂の巣にしてやろうか」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って……貰いに来たって、本を?」

「俺ァ馬鹿な女は好きじゃねェ……はぁ、仕方ねェな」


ああ、なんだろう

今の状況にぴったりな言葉はなんだろう
前言撤回

これが一番分かりやすくて、しっくりくるかもしれない


今日は厄日なんかじゃなかった



女の扱いに慣れていて、
そんな風に思っていたのに

可笑しいなぁ
素敵でモテる男の人のイメージって、
勝手に付いてしまうから
ある意味勿体ないのかも



この人はきっと


きっと

凄く、恋愛に
不器用なのかもしれない



「………イゾウ、君?」

「好き、と言うやつらしい」

「あ……うん、そうですか」

「あぁ…責任は取ってやる、だから」



イゾウ君って甘い匂いがするんだな
ふわりと香るそんな匂いにくらくらする間もなく
頬に擽るこの綺麗な黒髪は、私のものじゃなくてイゾウ君のもの

急に詰められた距離感とか
ぎゅう、と掴まれた手首とか
私の手首を包むイゾウ君の手が異様に白くて、凄く綺麗で

微かに震えていた事とか
そんな事、どうでも良いほどに
五感がイゾウ君に包まれた


だから


「あんたを貰いに来た、俺の女になりな……返事は、イエスしか聞かない」




そんな甘い声に、
そんな震えを乗せないで

好きになってしまったから



噂とイメージとは違う
君じゃなくて、君が好き
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