チョコの奴隷
□5話 いつも通りの日常
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「おはよー」
『おっす』
二月十五日の朝。
昨日の出来事がまるで何も無かったかのように、珠理奈はいつものように通学路に立っていた。
「昨日はちゃんと寝れた?」
『色々あって疲れたから、一瞬で寝れた』
珠理奈が走り去っていった後、玲奈先輩を置いて俺も走って珠理奈を追いかけたが、珠理奈に会うことが出来なかった。
珠理奈の家の前についた時、インターフォンを鳴らす勇気は俺には無かった。
『そーいやチョコ、うまかったよ』
「チョコ?何のこと?」
『…へ?だから昨日お前に……』
「あー、玲奈ちゃんから貰ったチョコか、美味しかったなら良かったね」
珠理奈は笑顔で俺の言葉を遮る。
『いや、玲奈先輩のじゃなくてお前の……』
「ちゃんと玲奈ちゃんにお礼言わないとダメだよ」
またしても笑顔で俺の言葉を遮る。
昨日のことなど何も無かったかのように、作り笑顔でただ俺を見つめる。
その顔が妙に怖いと感じる。
「そんなことよりもうすぐ期末テストだよね、ちゃんと勉強してる?」
『俺がちゃんと勉強してると思うか?』
「だよね、あはは」
今度は見慣れた本当の笑顔で笑っている。
いつも通りの日常だった。
「このままじゃまた遅刻しそうだね」
『……だな。学校まで勝負するか?』
「負けたらお昼の学食おごりね、よーいドン!」
珠理奈は自分でスタートの合図を口にすると、そのまま学校へと走り出す。
『ちょ、卑怯だぞ!』
俺も慌てて珠理奈の後を追いかける。
「勝てばいいのよ、勝てば」
珠理奈は笑顔で俺の方を振り向いて応える。
いつもと何も変わらない、普段と同じ珠理奈だった。
昨日はチョコの奴隷となった一日だった。
ちょっと甘くて、ちょっとほろ苦い一日。
玲奈先輩のこと、そして珠理奈のこと。
珠理奈が昨日、何を言いかけていたのかは想像出来る。
それでも今日こんな態度をとっているのは、きっとこの日常が終わってしまうのを心配しているんだろう。
珠理奈はまだ俺が玲奈先輩のことを好きだと思っているのだろう。
俺は玲奈先輩が好きだけど、それは恋と呼べるものではなかった。
玲奈先輩の女性らしさだけど見てそれを恋と勘違いしてしまい、恋することに憧れていただけだった。
かと言って、珠理奈のことが好きなのかは自分でも分からない。
ただ、珠理奈が隣で笑ってくれている、そんな日常が何より大切だった。
この気持ちが恋と呼べるよう日がくるのだろうか。
今日なのか、明日なのか、それとももっと先のことなのかは分からない。
FIN