AO-EX

□てのひらぶんの小さなちから。
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 九月半ばを過ぎたその日はまだ暑かったけれど、時折涼しい風が吹いて来た。 街中だからもっと蒸し暑いかなと思っていたけれど、確実に秋に移ってきているようだ。

 ふわふわとボブカットの髪とワンピースの裾を揺らしながら歩く少女は朴朔子という。
 正十字学園高校に入学してもう半年、入学した当初は友人と共に祓魔塾という特殊な環境に在籍していて、普通の学生とかなりと違う体験をした。
 危ない目にも遭った前学期と比べると、現在はとても穏やかに日常を送っている。

 日曜だからか、通行人は若い人が多いように見えた。母と親友の誕生日プレゼントを買うために、街に出て来たのだ。
 今着ている、親友の出雲が見立ててくれた淡い黄色のワンピースは、襟に柔らかいシフォンがあしらわれ裾には花の刺繍が入っていて、鏡で見た自分もかなり気にいっている。
 事前にお店のサイトを巡って、品物に目星はつけてあった。普段はあまり外出しない寮生だからなおさら、自由な街歩きは開放感があって楽しい。もちろん誰かと一緒ならもっと楽しいだろうけど、プレゼント選びだから内緒だ。 箱を開けて喜ぶ顔を想像して楽しんだ。


 商店街を過ぎて曲がり、最近道幅を拡げた新しい通りに出る。
 新しい店も建ち始めた区画へ入っていく。目指す雑貨店もこの辺りにあるはずだ。

 5分ほど歩くと、その雑貨店を見つけた。白い外壁にいかにも可愛い花刺繍カーテンのあそこがそうだろう。
 中に入り、あちこち目移りしながらようやく二つの目的のものを見つけた。他のものと比べてみたが、やっぱり最初に決めたものがいい。
 買ったものに満足して、奇麗にラッピングしてもらったプレゼントを大事に大きめトートに仕舞う。店を出るとさっきより日差しが強く感じた。汗をかきたくないのでゆっくり歩いて駅に向かう。


 角を過ぎて駅が見えた辺りで、そういえば喉が渇いたなぁ、と周りを見渡した所で女性の声がした。
「どうぞ〜」
 前から数人、明らかな通行人が歩いてくるのでその姿は見えない。しかし、その声の調子でよくあるティッシュ配りかと思った。
 貰っても貰わなくてもどちらでもいい。ゆっくり歩いていく。


 胸の前にスッと差し出されたそれを反射的に受け取った。
「新製品のハーブティーです〜」え、と手元を見ると確かに平袋にお茶のティーバッグらしきものが入っている。まぁいいか、とそれ以上何も思わずカバンの中に入れた。


 それから二週間程たった放課後、朴が自室へ戻ってくると三人のルームメイトの内、二人は先に戻っていた。
 もう一人、出雲は祓魔塾に行っているから、しばらくは帰ってこない。

 協調性を学ぶとかの名目の寮生活でも、慣れない一年生への配慮なのかわりと近しい者同士の配置なのがありがたかった。
 二人は化粧品をいじりながら鏡の前でおしゃべりをしている。「ただいま」と声をかけ、あたりさわりなく話し掛ける。
「そのマニキュア、綺麗な色だねぇ」
 髪の毛先を巻いている方が「でしょ〜」と爪先をひらひらさせて答えてくれた。
「また図書館寄ってたの?まじめ〜」
 ショートパーマの方が言うので、朴はふふっと笑い鞄から雑誌を取り出す。
「こういうのも少しは置いてるんだよ」
 有名なファッション誌を見せた。それをきっかけにまたおしゃべりを始めた二人をすうっと通りすぎ、自分のテリトリーに入る。
実は雑誌はカムフラージュだった。新しい綺麗な寮はそれなりに個人スペースもあったが、今、読んでいる本は少し変わっているから。

「悪魔薬学」
 朴が手にとった本の表紙にはそんなタイトルがあった。


 同じく二週間程から、学園内にある噂が流れ始めた。別に興味も涌かない内容だったので出雲と朴の二人は聞き流していたが、
 どうやら学園の生徒が脱法ドラッグかハーブを使ったらしいというものだった。
 その後の事は噂だからごちゃごちゃしていてよくわからない。塾メンバーも気にしている者はいなかった。


「授業の前に、」
 放課後、祓魔塾に集った塾生達を、若い講師が見渡して言った。
「最近、若い男女が昏睡状態に陥る事件が多発しています」
 そのうちの数人に共通する点があり、当初は脱法ドラッグかハーブの摂取だと思われていた。しかし警察がいくら調べても原因らしい成分が検出されなかったのだ。
「実はこの学園にも被害者が出まして、こちらにも調査依頼が来ました。」
 ああ、とか、そういえばとか数人しかいない教室もザワザワする。出雲も噂を思い出した。
「今、魔障に関わりがあるかどうか分析にかけています。関わりがあると判断された場合、我々にも応援要請が出るかもしれません」


 その後は通常の授業が始まったが、
 中途半端な情報になんだかもやもやする、出雲は思った。

 そういえば最近って具体的にはいつ頃なんだろう?
 出雲は教室からでていく黒コートの背に思わず声を掛けた。
「う〜ん、二週間くらい、前あたり?と聞いたのですが…」
 資料がまだ届いていないので正確ではありません、と彼は生真面目に答えてくれたので出雲は礼を言った。自分は何が気になったのだろう?


 歩きながら記憶を探る。
 日付を遡っていく。
ふと、二週間前、朴も外出していたのを思い出した。これ着て行くね!と買ったばかりのワンピースを前に楽しそうだったのを思い出して顔がほころぶ…、いや、もやもやはこれか、表情を引き締めた。
 今まで元気なのだし関わりなどあるはずもない。
 けれど…親友に万一の事があったら!自然と出雲の足が駆け出した。


 あれぇ、という呑気な声に出雲の肩から力が抜けた。おかえり、と朴が微笑み、やっぱり何もないじゃない、と自分に呆れたくなる。
 追求されたくないのでさっさと自分の机に鞄を置きにいったが、朴がそっと読んでいた本を隠したのには気付かなかった。


 祓魔塾。夏休みの、少し前までは自分もそこにいた。しかし、考えた末に辞めていた。
 自分で判断したことなので後悔はしていない。
 危険な事もある祓魔。命を賭ける、自分にそこまでの覚悟はない。そして残るかれらはプロとして戦うことを決めた人達だった。中途半端な自分は遅かれ早かれ邪魔になる。
 とはいえこの先も、そのまま祓魔師になる予定の出雲と一緒に居る気だから、自分に出来る範囲で学んでおくのはいいことだと思う。
 すくなくともとっさに自分の身を守れる程度には。

 「悪魔薬学」を選んだのは、薬草なら魔よけにも手当にも使えるからだ。
 自分もしえみに助けてもらったし、身近に(同級生の)講師もいるからなんとかなる、と思ったのだ。


 一応その元講師に許可を貰おうと、朴は校内を探した。姿勢の良い長身の姿は簡単に見付かったけれど、いつもわりと注目を浴びている彼に話し掛けるのはけっこう勇気がいった。


 彼が持つ便利な鍵を使い、人目をさけた場所で朴の話を聞いた元講師、奥村雪男は真剣な表情で、
「わかりました」
 と、うなずいた。

 反対はされなかった。
「まぁ…貴女は無茶な事はしないでしょうし」
 苦笑しつつ眼鏡を押し上げた彼が、
「これくらい熱心なら…」
 口のなかで呟いていたのを聞き取った。彼はたぶん、双子のお兄さんを思い浮かべている。

 いくつか注意を受けたけれど、当たり前のことばかりだからさっさと頷く。それより話が通った途端、奥村くんに声を掛けたときに居た、まわりの様子が気になってしまった。

(なに話してたの、とか言われるかな。…色気なんてこれっぽちもない会話なんだけどね〜。)

 奥村くんとは、塾にいたときにもっとたくさん話せたらよかったな、と少しだけ残念に思った。


「やはり、魔障の反応が出ました。」
 祓魔塾に全員が集うと、
教壇に立った奥村雪男は開口一番に告げた。
「ただ…元々それほど力の強い相手ではなく、そのかわり頭はそこそこ回るようです。 一度使用された媒体…お茶だったそうですが、それにも、倒れた本人にも、もう本体に繋がる程の痕跡は残っていませんでした。  ですが、警察の捜査の方で憑依体と思われる人間の身元を突き止めてくれたので、そこから居場所を探し出します。」
「俺らは?」
 身を乗り出して聞いていた彼の兄、奥村燐がすぐ反応する。
「今回はまだ待機だそうです。警察が関わっているので…」
 なんだよ、と燐がぼやく声がしたが、出雲は、
仕方がないだろう、子供の自分達では余計に邪険にされるだけだろう。
と思った。

 しかし、珍しく生真面目な講師が口元をくすっと笑みを浮かべたような気がして出雲は視線を戻す。

「力の弱い個体だと見られているので、それが確定した後、居場所を特定して封鎖したら、貴方がたに討伐していただこうかと 話がありました。
 できれば、印章や結界術の、授業範囲の成果も見たいそうです。」
 授業範囲、を少し強調しつつ見渡した彼の視線は成績下位の二人、特に自分の兄貴の方を見て止まった。
 なんとなく視線に色々言葉が含まれているのが見えるみたいだ。相手の方は…まぁいつもどおり能天気なのだけれど。


 旧男子寮に戻って来た塾講師こと奥村雪男は、食堂に灯った明かりと匂いにホッと体の力を抜いた。
 幸いなことに、意識のなかった人々は徐々に回復してきていると報告があった。生気を吸い付くすことはせず一時的に奪っただけなのだろう。

 憑依体の発見を急いでいる、と先ほど同僚から聞いていた。事件は一度きりで、騒ぎが大きくなる前にもう他の街に移動しているかも知れないのだ。
 それでも、回復した人がいるときけば兄は喜ぶだろう。

「お腹がすいたな…」
 呟きながらドアノブに手を掛けた瞬間、ピリリと緊急の着信が鳴った。


「憑依体を発見しました」
 急遽、集められた塾メンバーはやれ出番かと緊張する。
 陣を張るのは京都組の三人、前に出て攻撃するのは出雲(と燐)と配置が決まり、
「なんでオマケ扱い!?」
 燐が抗議したが、
「炎が使えないから。人払いが完全じゃない。祓ったらすぐ警察に引き渡すことになってる」

 雪男にあっさり一蹴される。
「それより陣の張りかたをよく見てて。にいさ…奥村くんも習ったんだからね」
「…。」
 燐は口をつぐんだ。


 女性が歩いている。
見た目は普通だが、足元にどんよりした靄を引きずっている。
 出雲が前に立つと、顔を上げどろりと濁った目が見えた。

 経典を唱えながら陣を張る勝呂達を燐がやたら感心して見ていた。
 なぜ初めて見るような顔をしているんだか。と雪男はこっそり溜め息をついた。
 一番初歩的なものだから燐も習ったはずだが。
 補習まで付き合ってあげた講師としては虚しい。
 三人が詠唱を始め、出雲も二匹の白狐を召喚し構えた。
「キィィイアァァァーヴァァァアァー」
 女性の声とは思えない、不協和音のような声と足元のもやが濃くなって膨れあがり身体に纏わり付く。
 詠唱が最後の段に入り女性の足から力が抜けた瞬間、
「玉響の祓!」
 浄化の風が纏い付き、出雲が黒靄を消し去った。

「案外あっさり…。」
 志摩が気の抜けた声で呟く。
「ええ、でも、逃げ足の早い相手でしたから。きちんと封じ込める対処ができたので良かったと思います。」
 講師らしくまとめた雪男が処理担当の祓魔師を呼ぶ。
 近くに待機していた医工騎士が女性の手当てをするのをしえみが真剣に見ていた。
 お腹が鳴らなくてよかったなどと雪男がひそかに思っていたのは誰も知らず、程なく解散、と声が掛かった。


「あれぇ…?」
 学習内容をまとめたにノートにペン色を変えて書き込もうとして、朴は首を傾げた。
 脇にかけてあったトートに手を伸ばしたのは、たまに転がり落ちて入っていたりするからだ。案の定ペンはそこに入っていた。
 しかし、別な物も入っていておやと思う。
「なんだっけ…」
 と取り出したのは小さな袋で、中にティーバッグが入っていた。


「い、出雲ちゃん!!」
「もう一体を取り逃がした!すぐ捜索に当たってくれ!」
「!!」
 解散と聞いてそれぞれ動き出した人々のなか、雪男と出雲、二人の着信がほぼ同時に鳴った。
 それぞれ背を向け電話に出た両方から、いきなり緊迫した声が流れた。
「どういう事ですか!」「朴!?どうしたの?」
 なんだ?と駆け寄る皆をしりめにそれぞれの緊迫した会話は続いた。

 先に電話を切った雪男が、顔を上げ、皆を呼び止めた。
「皆さん待ってください!緊急連絡が入りました!
…、…手短に話しますが、憑依体は二体いました。男女のペアだったようです。今捜索要請が出ました」
「なんだと!」
 今回出番のなかった燐がつめよったが、さっと手を上げた出雲に遮られた。
「今、朴から連絡があって、逃げた悪魔を見た可能性があります」
「?〜朴さんは学校…寮ですよね?」
「そうです。でも街頭で受け取ったお茶の試供品から大量の黒いものが吹き出して逃げたと、」
「お茶の試供品…?ですか。あっ、そういえば、今回はそれが媒体に使われたんでしたね。」
 すぐに思い出した雪男は頷く。
「わかりました。寮の方に向かいましょう。朴さんが心配だ」

 鍵を取り出し向かおうとすると、後ろから兄の声がした。
「なぁ。それが最後のやつなのか?他にそのあぶねーの、持ってる奴いねぇのか?」
「そうだね。幾つ出回ったんだろう。それも確認してみる」
 兄の顔は心配そうだった。事件の行方とかよりやはり人を真っ先に気に掛けるのが彼らしかった。


「朴!どこ?」
 駆け込んだ女子寮の部屋の隅で、二人が小さくなって震えていたが、朴の姿は無く、窓ガラスが割れ、物が散乱している。
「怪我はありませんか?」
 雪男が二人に声を掛けた。

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