AO-EX
□W.D
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<ホワイトデー>
ある日、燐が部屋に戻ってくると、机の上になぜかリボンをかけられた教科書とプリント一枚が置いてあった。
「なにこれ」
残念ながらリボンが付いててもあまり見て喜べる品ではない。
「おかえり兄さん」
いつの間に来たのか、脇から雪男が顔を出した。
「プレゼント。せっかくだからクイズにしてみたよ」
にっこり笑って教えてくれたが、
「プレゼントっ⁈」
燐には脈絡がさっぱり結びつかない。
「ホワイトデーでしょ。お返しね」
言われてなるほど、とようやく合点がいったものの、燐は眉を吊り上げる。
「…クイズて! ただの勉強じゃん!」
いくら雪男の口が上手かろうと納得するわけない。スマンが受け取り拒否!の仕草をする燐を雪男はやれやれと肩をすくめた。
「一応簡単なのにしておいたからね。頑張って」
「ぜんぜん嬉しくない…」
燐は肩を落とした。クッキー一個の方がまだマシと思うこともあるなんて…と嘆きつつ。そんな燐を見て雪男はわざわざ燐に「プレゼント」を手渡し押し付けた。
「これ、出来れば土曜日までには解いてね」
「??」
いちいち締め切りまであんのかよ…と、ますます燐の顔が渋面になったが、雪男は知らん顔を通した。
「とりあえず後でやる……」
机に戻されたモノを見て雪男が小さくため息をついた気配がしたが、燐も知らないフリをした。そんなに素直なお年頃じゃーありません。
燐が夕食とお風呂を終え、クロと遊んでいると雪男からなにやら無言の視線のプレッシャーが送られて来る。
つまり、「例のもの」を無視すんな、という……。
正直うっとおしいが、あんまり雪男の機嫌を損ねるのも面倒くさいので、仕方なく机に向かうと、一緒にピョンと机に乗ったクロが、燐の手に可愛い肉球をペタペタとスタンプしながら、
「りんはべんきょーするのか! おれはじゃましないぞ。がんばれ!」
声援を送ってくれる。
遊んでいた途中なのに不満も見せず、なんて出来た猫又だ。両手の平でぐりぐりと撫でてやる。
渋々開いた教科書は数学だった。プリントには代表的な公式を使う問題三つが出されている。
【三つの問題の答えの数字3桁、教科書のページにヒントが書いてあります。】
「やっとこれでヒントかよ!…意地悪ぃ…」
思わずプリントをペイッと投げたが、軽い紙一枚はひらんと舞っただけで目の前に落ちた。
はああ、とため息を漏らした燐は緩慢なしぐさでプリントを拾い上げる。
「えーと…」
基本の公式なので解き方は教科書に載っているけれども、まずはそのページを探さなくてはならない。そこからまず面倒だ。教科書にも目次があるが、活用した試しがないので無用である。
「これでクッキー缶とかだったらつまんねー……」
すぐに眠気のさしてくる頭を宥めながら燐はノロノロと教科書をめくった。
さて、燐はどうにかこうにか土曜の夜までに三つの答えらしきものが揃うとこまでこぎ着けたので、指定されたページをめくってみると、無事に正解したらしく、余白に雪男の字があった。
【プレゼントはカバーの裏にあります。】
さすがに次の問題は〜、なーんて意地悪はする気がなかったらしい。
燐はホッとしてやれやれと肩の力を抜いた。モノはクッキーではなさそうだ。カバー裏とはずいぶん薄っぺらい気もするが、一応期待して、
言われたとおりカバーをめくると、そこにチケットサイズのカードが貼り付けてあった。なるほど……、
「…え?…あ、これ券じゃん! 映画だぁ!!」
ピョンと子供みたいにイスに跳ねる燐の姿を見て雪男が笑う。
「日曜日は空けたんだ。一緒に行けたらと思って」
「なんだよもう! 」
プレゼントの中身くらい、言ってくれてもいいのにさ。
なんか文句タラタラだったこっちが悪りいみてーじゃん。すねた燐が口を尖らせると、
ちょっとねじくれている弟はしょうがないじゃない、と苦笑した。
「たまにはいいだろ。一緒に行こうね」
木曜日の夜、燐の教科書にチケットを貼り付けながら、( 実は正面からデートに誘う勇気が出なかったから…) なんて一生バラすもんか。と誓った雪男はひたすらとぼけ通したのだった。
<終わり>