AO-EX

□幕間にて悪魔はささやく
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< 時の糸を手繰れば>



「お前が占い師? よく当たると聞いたのだけれど」

 東ヨーロッパ、現代はロマンチックな古いお城がある観光地として有名な街。
 遥か歴史を遡り、城が王の住居として使われていた頃。その時代、その時は全く別名を名乗っていた男一一フェレス卿は、その一角で占い師をやっていたことがある。

 その客は、入って来た時から澄ました仕草もレースの帽子や美しい織地のドレスも、貴族の娘だということをはっきり主張している。
「ええ、そうですとも。こちらへどうぞ。……では、貴女は何をお知りになりたいのでしょう?」
「未来を。私には今縁談が二つあって…」
 この令嬢には鍵を二つ用意した。二つの縁談の先を見て、幸せな方を選びたいと言ったので。
「幸せな方を、ねぇ…」
 鍵は、未来のほんの一瞬の姿を見せるだけ。果たして彼女はどんな未来を選ぶのだろうか。





「昔、もう少し若かった頃、占い師なぞをやったことがありましてねぇ」
「胡散臭いところがピッタリだな」
 現代。聖十字学園の理事長室で、制服を着た少年の燐と、部屋の主であるフェレス卿は向かい合っていた。いちおうそんな所もあったんだな〜と思う程、燐には縁がない部屋だ。もっとも部屋の主もあまり居つかないが。

 室内に紅茶の香りがふわりと漂う。

 どんなに面倒だろうと中身が二千円のうすーい封筒だろうと、自分にとっては貴重な生活費を貰う為に、メフィストの所に赴いた燐に、
 まぁちょっと付き合いなさいとメフィストが椅子を進めた。
 本音はさっさと帰りたいが、まぁお菓子くらいなら食ってもいい。と燐は思うことにした。お菓子代も貴重だし。

「…で?」
「欲の皮の張った人間を騙して金を巻き上げるのも飽きましてね。退屈を紛らわすのに、さまざまな人に五年後、十年後をみせてやったのですよ。
そうしたらなかなか面白かったのです」
 ( 未来を知りたい、という欲求は私に最も身近な欲望ですからね。叶えるのは簡単です。)
「それがなんで面白いんだ?」
 率直に首をかしげた末の弟をメフィストは見やる。
「人間は未来を知ってどうする気なのでしょうね?」
「そりゃ、危ないこととかは前もって知りたいだろ。知ってりゃ避けられるんだから」
「そうですね。しかし、人生とは塞翁が馬、吉かと思えば凶、凶かと思えば吉、ままならぬものでしてね。その一片だけ知ったところでどうなるものかと」
「はぁ…」
「ねぇ。貴方はどう思いますか? 未来の自分を。見たいと思いますか?」


「思わねぇな」
「へぇ。本当に?」
「今更ってやつだな」
 燐は肩をすくめる。
「まぁ、他のやつが決める未来
はどうなるかは知らない。明日死ねって言われるかもしんねーし。でも、俺が決めた未来は聖騎士だ」


 ふむ、と末の弟の答えに満足したメフィストは解放してやることにした。昔に垣間見た未来に振り回される人間たちも面白かったが、彼がどこまで突き進むか見届けるのも楽しみだ。それに結果がどうあれ悪魔の言葉をキッパリ跳ね除けたことは評価に値する。





「なーにが未来を見てみますか、だ」
 メフィストの部屋を退出した燐は廊下の隅の変な置物を蹴飛ばした。
「ンな事オヤジが死ぬ前に言えっての」
 聖騎士になりたいのは、燐のプライドで贖罪だ。拭いきれない痛みが、あってのことだ
 道楽ピエロが見せるものなど、どうせ役に立たないに決まってる。サイコロを振るように人が右往左往するのを楽しむだけだろう。
「早よ帰ろ。今日は見たいテレビがあるんだぜ!」
 僅かに未練のような後味の悪さを振り払い、彼は帰り道を辿って行った。





 時を統べる大悪魔からすると、ずいぶん歳の離れた弟というものに当るらしい幼い悪魔が去った後、
 パチンと彼が指を鳴らすと部屋の様子はガラリと変わった。

 辺りは薄暗いが視界にはなんの不自由も無く、広大なことはわかるのに距離感が感じられ無い。音は無く、光源もない。
 そして、そこは。
 大小ありとあらゆる時計が、あらゆる時間をきざむ。否、時計とは呼ばれぬが、時をはかり示す全ての概念を詰めた空間。

 歴史の中でわざわざ時をはかる道具を創り出したのは人間のみだ。人以外のものはすべて時の流れを我身でそれを感じ取り、体現するものだから。
 時を刻む時計の群れを眺めながら、刻むというのは面白い表現だなとメフィストは思う。それもまた、我でなく限りある生の人間が創り出した概念。

 メフィストが今いる場所、ひときわ高くそびえるは金の玉座、王の座る場所だ。
 永遠を望んで造られたピラミッドすら見下ろす高みで、しばらく目を閉じ背もたれに身を預けていたが、どこからか鐘の音が響いてきた。静謐の空間を揺らし、オーロラのように光となって揺れた。

 さて、とメフィストは呟いた。部下が呼んでいるのだ。人間に付き合っていると、面白いのだが何ともせわしない。だが、そろそろ次の幕に備えなければ。

「…その前に…」
 幼い弟の片割れとして産まれた人間の顔が浮かんだ。
 兄よりも聡明なゆえに、知りたいという欲望を持つ弟はどうするだろうか。





「フェレス卿…」
 騎士団施設の廊下を曲がったところで、ふいに出くわした雪男は瞠目した。
 支部長といえどしょっちゅう顔を合わせるわけではない。むしろ珍しいというか。 …しかしジンクス的に良い兆しだった試しはあんまりない。

 何故か雪男と並んで歩き始めたフェレス卿はちょっと貴方へ聞いてみたいことがありましてね、とニヤリとした。かなり怪訝な顔をしたのだろう自分に、ただの気まぐれです、と彼は言った。
「貴方は占いはお嫌いですか?」
 何を意図してか、判りずらい質問に雪男は当たり障りなく答える。
「嫌いというか…あまり、気にしていません」
「では…」

 一一貴方は知識欲が旺盛とみられる。
 一一それなら。

「未来を見ることができたら、ですか…」
 
 雪男は少しの間、うつむいて目を閉じた。
 養父以外で、もっとも多くを知るであろう卿に聞きたいこと、知りたいことなら山ほどある。
 けれどもそれを今聞いても無駄だということくらい自分にも分かっていた。いつか答えてくれるにしても、きっとろくでもない瞬間に違いない。
 一呼吸おいて、視線を上げた。

「もし兄の未来を知ることが出来るなら。僕は知りたいと思うでしょう。でも、それは兄の未来なので、きっと僕にはどうすることも出来ないと思います」

 ( たとえ垣間見た瞬間が、残酷だとしても。)
 彼には思うとおりに生きて欲しい。
 兄が選んだ未来を共に背負う覚悟はいつだって持っている。

 一一本当は何も起こらないように、傷つかないように、彼を閉じ込めておきたい。大切だからこその矛盾を雪男は抱えているし、
 実際には怒り、奔走し、なんとかしようと足掻くだろうけれど。
 あのひとは傷ついても誰かのために笑う優しい悪魔だから。
 振り回されても、きっと最後には信じ、許してしまう。
 一概にそれを不幸だと、簡単に言うことはできない。

「貴方自身の未来は?」

 これには雪男はすらすらと答えた。
「兄のそばにあります。この身が離れていても同じことです」
 ( だから見なくても構いません。)
「なるほど…」
 髭を撫でたフェレス卿は一応納得したらしく、引き止めてすみませんでしたね、と言った。
 雪男はふう、と息を吐き出して少し肩の力を抜く。自然を装ってもかなり緊張していたらしい。
「早く帰ろ…」
 なんだか珍しく兄の顔を見たくなった。部屋に戻れば嫌でも一緒なのだけども。
 さっきのことは脇に除けて置くことにした。何だったんだと思いはするが、全てをいちいち気にしていたら身が持たない。
 いつもならまだもう少し残るのだが、用事を済ませるとさっさと帰り支度を始めた。




 ふうむ…と執務室に戻ったフェレス卿は髭を撫でる。あれが彼らなりの絆というものか。
 部下から届けられた報告書に目を通しながら、彼は呟く。
 ( まだまだこれからですよ。)
 先は分からないほうが面白い。とは、時の王とて同じ。退屈は嫌いだ。


 ( 奇跡の青い薔薇を手折るのは。
我が同胞か、血を分けた兄弟か。はたまた人間か。 )




<終わり>



幕間の話。わぁ捏造。1万記念はシリアス風味になりました。
そろそろギャグ書きたい。


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