AO-EX

□(中)<水の奥津城に響くもの>
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 中編<水の奥津城に響くもの>

 雪男にとって幸運だったのは彼が交替要員で、夜間担当の人間が到着したことにより比較的早く行方不明が発覚した事だろう。

「あ〜…アイツ、やばい当たり引いたかな…」
 話を耳にしたシュラは苦労性ぽい後輩の顔を思い出して、ため息をついた。
「しょーがねぇなァ…」


 調査班は再度召集され異変があったことが知らされた。
 すぐに雪男が確認に向かった先の男性宅とその周囲について調べられたが、手探りといってもいい状態であり、発信器を持たせた監視班を増やしてもう一度同じような現場を追った方がいいということになる。
 他に監視を行っていた数件に賭ける事になった。


「どうなった?」
 とっくに日付が替わり、交代で仮眠をとる分析班以外は自宅に戻っていた。外はもう明るくなっている。シュラは目を擦りつつ会議室に顔を出した。
 他の者もそろそろ出て来るだろう。
「あ、おはようございます。動きありましたよ!」
 答えたのは西野という30過ぎの男である。律義に挨拶されたシュラはおざなりに「ぅあよぅ」と言った。
「一件、連絡が不通になりました…直前に連絡を寄越したので罠にかかって移動したかと」
「発信器はどうした」
「反応がありません。故障か、電波が届く範囲を出たかと思い、既に別班が出発しました」
「ふむ。正体はわからんが活発だな…待たなくて済むから良いか」
「そうですね…」
 彼は大あくびしたシュラに苦笑しつつ同意した。


「おかしくなった人が出る範囲が、限定されてたじゃないですか。あれ、ひょっとして地下水の水脈じゃないかと思って」
 分析班の居所として設置されたフロアで、PCの前の若い男が訪れたシュラを手招きした。
 彼のPCの液晶には検索した地下水の分布資料が表示されている。
「販売元の連絡先はダミーでした。直接当たることはできませんが、ボトル自体は回収しましたので、先日分析した水の成分もデータを出してもらってます。多分一致するでしょう」

 彼の言った通り、先に行われていた水の分析結果の成分表はぴたりと一致した。
 シュラの華やかな赤い髪が目立つのか、他の同僚たちも脇に集まって来た。
「樹海から流れて来てるんですね…」
「発信器電波を探してる班に連絡を…」
「周辺に地下水を使ってる水路や池がないか調べてくれ」
「あ、こちらにデータ出しました。今、異変報告のあったお宅を全て重ねてみます。」
 隣のPCで操作していた女性がディスプレイを動かして皆に見せた。爪の先だけやたらキラキラデコっているのが目立つ。あれでよくキーが打てるなとシュラは思った。
「わ、当たりですね!」 地図上の、全ての点が推測を裏付ける位置に点いた。

 雪男が行方不明になった先の男性の自宅近くにある公園の噴水にも、地下水が引かれている。おそらく水系列の魔物で移動に水を用いていることが予測された。


 そしてその場所に辿り着いた彼らに、正解ですと示すように噴水の傍に雪男のものと思われる祓魔具が落ちていた。


 シュラは燐に伝えるかちょっと悩んだ。唯一の身内であるし、連絡がないとなれば心配しているだろうし。…だが…。
「面倒だな…」
 連絡がではなく、連絡を受けた燐が騒ぎそうだ。
「ま、確認が先だな」
 彼女は肩をすくめた。


 ゆらゆらと揺れる水の底の揺り籠で、彼は夢を見ていた。

 きらきらと風に揺れる葉の間から木漏れ日がさしていた。
 大きな手が伸びて来て、髪をくしゃっとやった。ぐりぐりするので頭が揺れる。もうやめてほしいと思いつつ嬉しかった。

 背伸びをした。もうすぐ追い越すなぁと誰かが笑った。

 大きな犬のいる庭、薔薇の絡んだ洒落たトレリスで囲われた庭。
 野菜を売る小さな店、いい匂いのラーメン屋。錆びて鈍い教会の鐘の音。

 迷子になり、泣きべそでさ迷う自分を誰かが迎えに来てくれた。

 机に乗ったランドセルと教科書。
汚れた運動靴と初めて履いた固いローファー靴。

 水面に揺らぐ像のように、それらは幾つも雪男のなかに浮かんでは消えた。

 ……うた?
 切れ切れに、微かだがきれいな声が聞こえ、誰かが歌を歌っていた。
 誰だろう。なにか曲を流しているのかな。

 眠れ、眠れ、健やかに〜などと歌詞から子守歌だと思ったけれど、ほんとはよく知らない。男所帯でそんなの歌ってもらったことなどないから。

 耳障りでない不思議な音はずっとつづいていて、まわりに感じる気配は愛撫するように優しく穏やかだった。
 気持ちいい。柔らかくて暖かくて。

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