AO-EX
□(前)<災難を招く水の囁き>
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<災難を招く水の囁き>
奥村雪男が僕は今日ツイてないな、と思ったのはその日の朝だった。
秋晴れの空は青く澄み、清々しい朝だった。頭をスッキリさせるため、ことさらゆっくり息を吐き、新鮮な空気を胸一杯に吸い込みながら歩く。 次いで今日の予定とそれに応じてなすべき事を、頭の中でタイムチャートにする。このところの彼の日課だった。
すると目の前に、どこからかとことこと白いテリア犬が歩いて来た。首にピンクに白い水玉のスカーフを巻いているので、正体がわかって雪男はげんなりした。
(今日はきっとツイてない。)
…人は悪い予感の方がよく当たる。
パカッと口を開けた犬は、
「あなた水難の相が出てますね。お気を付けて。私、ネットで占い師養成講座を受けてみたら、これがなかなか当たるんですよ」
通りすがりに雪男を落ち込ませて去って行った。
(ええ、貴方と会った時点で不運ですよね…)
今日という日をボイコットしたい。一瞬、真剣に寮に引き返そうと雪男は思った。
真面目な彼だってたまには現実逃避したい時だってある。
けれど、
「あれ、雪男どうした?具合悪いのか」
後ろから燐が追い付いて来て、雪男の逃避は一瞬で終わった。
「何でもない。行こう」
「ふうん…?ま、無理はすんなよ」
食い下がった所で、面倒がられそうなので顔色だけ確認して燐は引く。彼は犬を目撃しなかったので、雪男の落ち込みの原因は知らない。朝からなんだか哀愁漂う弟を大変だなぁ。と思った。
「水難ねぇ…」
トイレの際、手洗いの調子の悪い蛇口で水飛沫の飛んだ袖口と胸元を見て、雪男はため息を付いた。まぁこれくらいは許容範囲か。幸いびしょ濡れではない。
そしてふと壁の時計を見上げた。今日はまだまだ長かった。
午後、騎士団から任務要請を受けた雪男は、打ち合わせ用として使っている会議室へ向かった。
中には男の同僚5人程集まっていた。一人は説明役らしく腕に書類を抱えている。
「とある男性が、消息を断っているのです。普通なら警察の仕事なのですが。でも今回、我が支部に所属している祓魔師の身内の方だというのですよ。成人男性が単に行方不明というだけでは警察は熱心とは言い難いですし…」
資料を持って来た先輩祓魔師は苦笑いした。
「あ、もちろんそれ以外に怪しい要素があったので取り上げられたのですけどね。ほら」
彼は資料を一枚めくって見せた。
何か広告のようなものが映されており、雪男は眼鏡の縁をあげて資料を受け取った。
渡された資料によると、
「若返りの水」なるものがネットで売られていたのだそうだ。
最初はよくある美容健康食品のうさん臭いもの、と思われていたが、なかなかどうして売れ行きは良かった。最初は物好きな人間が買っただけだったのだが、実際に効果があるという口コミが拡がったからである。
「ほんとかよ…」
雪男は半ば呆れながらページをめくった。
ただし、その後、飲用した人間は数日おかしな言動をし、現在行方不明になっている。そこで家族がネットで同じような症状が出た人間がいないか呼び掛けた所、数名から反応があったそうだ。しかし成分からは何も検出されず、むしろ純度の非常に高い水だったことから、商品との関連は無いとされている。
水、という単語に若干引っ掛かりつつ、続きを読んでいく。
「ふうん…関連は無いってなったけど、納得しなかったんだな…」
横にいた同僚も小さく呟きながら読んでいる。
何かおかしな所はないかと、騎士団に縁のある人間が話を持ち込んだようだ。
「それで、何かありそうだって上は判断したのか」
雪男の表情から呆れが消え、真剣になる。ただの調査依頼であっても大当りしてしまうと危険も伴うからだ。
二枚の写真が載っていた。確かに右側の顔はシワやシミが消え、肌に張りが出ているように見える。これが本当であれば売れるだろう。
騎士団の調査で、商品を買った人は全国あちこちにいたが、訴えがあったのはある地域にかたよっていた。
「皆さんには、ネットで訴えがあったお宅の、それぞれ問題行動があり危険と思われる人物を監視し、行方不明になる原因を探っていただきたい。」
「「わかりました」」
それぞれ頷き、準備を調えしだい鍵や車で現地近くへと送ってもらう。
一週間程様子を見る予定なので、連日深夜では面倒だなと思ったが、学生の自分は交替要員で済むのでほっとした。
彼も装備を見直し、資料にもう一度目を通してから任務地へ向かった。