AO-EX
□スーパームーン
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スーパームーン。月がほんのわずか楕円をえがく軌道のおかげで、一年に一度36万kmを切り地球にもっとも近付く時、ちょうど満月と重なるといつもより大きく見えるのだそうだ。
元は星占いの言葉だけれど、祓魔師にとっては注意しなくてはならない日なので馬鹿にはできない。月で活性化するものは多いからだ。
僕にも見回り要請と、個人的に研究に用いる薬草の採取の予定がある。兄さん達にもそれぞれ見回り補佐の任務が割り当てられたはずだ。
「あれ?」
見回り担当区域の薄暗い神社を歩いていると、明らかにその場にそぐわない制服姿の少女がいた。
人気の無い闇の中、やはりびくびくと周りを伺い、背を屈めておかしな歩き方をしている。
「こんばんは」
なるべく穏やかに声を掛けたのだが、少女の肩はビクッと跳ね上がった。
「こんな夜中に一人では危ないですよ。」
「よ、用事があるのッ!構わないで、すぐ帰るからッ!」
びくびくしつつも気丈に言い返して来たので、僕は少し驚いた。
「気をつけてお帰りなさい」
特に危ない気配がないのを確認し、言葉を返したが、彼女の用事とやらの間は木の陰で見守ることにする。
彼女は拝殿前でポケットから何か取り出し、いじっているようだ。
「○○くんと結ばれますように。○○が別れますように」
(…おまじないというやつか。)
いつの時代でも女性に占いとおまじないは需要があるらしい。
おまじないの「儀式」なるものが終わったらしい少女が左右を見渡してから足早に駆け去っていくのを見送った後、その場に出ていくと、ちょうど参道を真っ直ぐ照らしていた月の光に何か光った。
「?」
拾い上げると、小さな鏡だった。回りに女の子らしくキラキラ飾りが付いていて、これが反射していたらしい。
「せっかくおまじないしたのに落とすとはね」
呆れを含んで呟いた。
これは一応預かって持ち帰る。パクリではない。放置すると変なものが寄って来たりするからだ。
「兄さんはちゃんとやってるかな…」
何とはなしに呟いたとき、鏡がキラッと光った。
「!」
一瞬、鏡に兄さんが映った。…いやいやそんな訳ないだろ。
セルフツッコミをしつつ、
「兄さん、どうしてるかな」
もう一度呟いてみる。変化があるわけない。ばかばしいことをしてしまった、と思った瞬間、鏡がキラッと光り、兄さんの顔が映った。
「!!」
思わず振り返り、周囲を探る。何かいるのか?
危惧したが、かすかに葉ずれと虫の声がする以外、周りは静まり返って何の気配もしなかった。
月は静かに参道を照らしている。
ふと、試しに三度目、「兄さんはどうしてる?」とささやき、鏡に月の光を当ててみた。
キラッと光り、そして兄さんの顔が…
「何してんだ兄さん!」
兄さんは口を動かして何か喋っていた。しかも手を合わせて謝る仕草。
正面でなく少し横を向いて映っているので、誰かと会話している様子がよくわかる。
「もう…!ちゃんとやってくれよ…。迷惑かけんなっ」
思わず鏡に向かって声を出している自分に気がつき、はたと我に帰った。恥ずかしい。
(も、もう行かなくちゃ。僕も仕事があるんだし、兄さんに構ってられないよ)
そそくさとその場を離れた。
(それにしても…たわいもないおまじないにこんな効果があるなんて…)
少女が願ったのはただ恋の成就と、ライバルらしき少女の排除らしいが、この鏡は好きな相手を映して見られるらしい。
僕は兄さんなんか知らない、といいつつも、時折ついつい気になって鏡を見てしまった。
兄はとくに危ない様子もなく、それでも彼の表情や仕草がよく動くのでなんかワンセグTVを見ているみたいだ。
そのうちなんだか、離れているのが無性につまらなくなった。僕ではない誰かと延々一緒にいて、話しかけたり笑ったりいろいろな表情をするのだ。
そして僕はそんな自分にツッコミをする。
(何だよ…今日は面倒見てなくていいから自由だなんて思ってたくせに)
わりと不毛なことを繰り返していた。
そうしてとても会いたくなってしまった。
月の魔力が恋を叶えてくれるというのなら。
帰り道くらい一緒になりたい…ということくらい、叶えてくれるんじゃないだろうか。
鏡の中の兄さんは、仲間に何かからかわれたらしく真っ赤になって、次いでなにか言い返していた。
月は中天にさしかかり、深夜を回っていることに気がつく。そろそろ薬草を見付けて帰らなければ。そう思ったとき、近くでざわざわと人の気配がした。
ライトを掲げると、
「誰かいるのか?」