その他
□feeling of freedom
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長年の願いだとか追い続けていたもの。それが唐突に目の前から姿を消した途端、どうにもやるせない気持ちになった。暗闇の中で目前を照らしていた灯りが溶けたように、その先の崖から真っ逆さまに落ちるようにだ。
ただ憎悪が突き動かし、目指していたもの――進化の家の壊滅である。
しかし今となっては、宙ぶらりんになった憎悪だけが体の中に残されたままだ。撒き散らすべき対象がなくなってしまっては、どうしようもできなかった。腹でとぐろを巻く不快感に吐き気がする。
元、悪の根源であったジーナスによれば、進化の家を破壊した男はハゲのヒーローらしい。
けれどその強さは、一度老いさらに若返り途方もない時間をかけた全てを、一瞬で手放す程だったようだ。あんなにも人類を猿として見下げていた奴が、いやに憑き物がとれた顔でたこ焼を売っている。
笑えない話だ。人体実験すらしていた進化の家を破壊してくれたことは、喜ばしい。だからこれはエゴなのだ。ただ復讐を遂げたかったという……ヒーローが聞いて呆れる。
そのエゴを破壊した人物だが、強さや聞いていた話からして目星はついていた。ガロウを倒したハゲマントの事だろう。
「久しぶりだな、ハゲマント。お前が進化の家を壊滅させたんだろう?」
「サイタマだ」
「……サイタマ、進化の家を覚えているか」
「えーっと、あの何だっけ。ああ!俺ん家の天井壊した奴等か!」
「まぁ、いい……礼を言う。お陰でジーナスの野望とやらも潰えたようだからな」
ありがとう、と改めて言うとサイタマは大した事でもないかのように笑った。そうだ、そんなものに対して執着し憎んできたのだ。
今思えば、もし自分が成し遂げていたとしたらジーナスを殺していただろう。あんなたこ焼などご馳走になる事もなかっただろう。曲がりなりにもあそこは生まれた所で、奴は生みの親のような存在だ。ああ、しかし何だろうこれは。
「おい、どうした?険しい顔になってるけど」
「いや何でもない。そうだ、こいつを貰ってくれ」
「おお!たこ焼じゃん!!サンキュー!いや〜特売日逃しちまったから、助かったよ」
手渡したビニールの中をがさがさと見た後、サイタマは嬉しそうに声を挙げた。そのたこが実験で生まれたものだということは言わないでおこう。まあ気にせず平らげそうではあるが。
じゃあ、と背を向ける。
「なあ、何か言いたい事でもあったんじゃないのか?」
呼び止められ、歩を進めようとしていた脚を止めた。
問いの答えを考えたけれど、もう何も小難しいことは浮かんではこなかった。長い時間をかけ自分の中で大半を占めていたものを放り出した、奴の心境が何となく分かった気がした。
「いいや、どうでもよくなった」
「あっそう。てか、このたこ焼美味いな!どこに売ってんの?」
もう食ってんのか、内心呆れながらもその光景が何だか笑えてきた。たこの中身はまあ問題ありだが、味はいいのだ。焼き方も板についたらしい。
「今度一緒に行くか?」
さあ、俺とサイタマが並んでたこ焼を買いに行ったら、奴はどんな顔をするだろう。
END