バサラ

□天井に手を翳し窒息
1ページ/1ページ



 女は抱き締められながら虚ろに天井を見上げた。この閉鎖された空間では息が詰まってしまう。外で祝福されながら、深呼吸をしたい。この未来は全てから認められているのだと――



「…聞いているのか?何度も言う気はない」

「ごめんなさい。聞いていたわ。聞いていたけど」

 かすがは女を抱き締めながら問い掛けた。自身も顔を真っ赤に染めながら言った言葉が、ただ女をすり抜けてしまったように思えたのだ。

「……いつか一緒になろう。養子縁組でも、何だってして」

 もう一度半ば叫ぶように言った。もう耳まで赤くなっているのが見られたくなくて腕の力を強めた。けれど、女はするりと抜けていってしまう。

「そんなに、簡単な事じゃないわ」

 そう言って女は窓の外を見つめた。外では夫婦が小さな子供と遊んでいた。騒がしい子供の笑い声と、それを見つめる男と女、異性愛者の柔らかな視線。

「ねぇ、貴女は子供が好きでしょう?」

 女は、かすがの返答も聞かぬままに続けた。

「でもね、市は子供が嫌いなの。何も知らずに笑って…全てを奪っていくのよ」

 女は窓にきしりと爪を立て、小さく呟いた。外で笑う子供を恨めしそうな視線が追う。

「あの泣き声を聞く度に、大切な人が奪われそうな気がするの」

 外から響いてきた騒音につられて見れば、子供が転び泣き叫んでいた。母親は慌てて父親から離れて子供を抱き起こした。

「だけどね、子供がいるから未来が保証されるの。よく孤独死ってあるでしょう?」

 女は窓から手を離すとかすがの方を向いた。その瞳は、もう泣き出しそうな程に揺れていた。

「一人にするくらいなら、一人になるくらいなら……貴女は男の人と結婚した方がいいんじゃないかって」

 何度聞かれたか分からない問い掛けを、またされた。いつもの通り反論しようとしたのだが遮られた。女の様子がいつもと違ったのだ。いつもの柔らかなゆっくりとした話し方も、細く綺麗な声も無かった。まるで畳み掛けるような早口で、女は言った。

「だって女同士で子供はつくれないもの」

「でもね、市は子供なんていらないの。貴女だけが、居てくれればいいの」

「でも…貴女はきっと子供を選ぶだろうから」

 かすがは女を抱き寄せた。冷たい体温が皮膚に伝わり、自分まで泣きたくなってきた。
 大丈夫だと、二人でいようと、そう言ってやれたら良かったのだろう。けれど声がどうしようもなく震えて出来なかった。恐ろしかったのだ。このまま狭い空間にいたら、息が詰まりそうだった。外に出て、祝福されながら深呼吸をしたかった。けれど、それはまだ叶いそうになかった。外は先客で溢れ、空気は分け与えられる程の量もなかったのだ。

 女の白く細い指にシルバーのリングを嵌めた。女はその圧迫に気付くと、手の平を天井に翳してそれを見つめた。かすがは女の背に額を寄せると呟いた。

「ダイヤは、結婚する時でいいか」

 女は振り返ると、かすがの頭を優しく撫でた。これがいいの。女はそう言って柔らかく微笑んだ。かすがはその頬に手を寄せると、ようやく深呼吸をした。



END
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ