バサラ

□刑罰
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 どんな言葉が欲しいのか、男が問い掛けてみれば、三成は間髪いれずに答えた。

「謝罪の言葉だ。首(こうべ)を垂れて許しを請え」

 そう言って此方を睨みつける三成に、男は苦笑いを向けた。頭をがしがしと掻きながら、そうじゃない、と口を開いた。

「他に何か…ないのか」

「ある筈がない」

 三成は馬鹿らしい問い掛けにいい加減呆れたようで、苛立たしそうに男に背を向けた。二人の間を冷たい風が、ひゅうるりと通る。男は三成の細い背を見ながら、力を入れれば折れてしまいそうなその背に、そっと腕を伸ばした。
 けれど、伸ばした腕が背に触れた瞬間、でろりと血が男の掌につき、男は思わず腕を戻した。それに気付いた三成がふっと笑いながら、男に向き直った。どうした、と男に問い掛ける口からはおびただしい血が漏れ出ている。

「どうした?家康」

 三成は目を背けた男の顔を覗き込んだ。男はその鋭い眼差しに、臓物が内部で引き千切れるような痛みを覚えた。

「どんな言葉が欲しいのかと、聞いたな」

 三成が耳元で囁けば、男はたじろいで身を引いた。すると、突然に男の耳の皮膚が、ずるりと剥がれ始めた。その侵食は中々止まらず、右腕と耳から首辺りが、真皮を晒し出した。浮き上がった血管がずくりと動いている。

「ならば貴様は、どんな言葉を欲している?」

「…謝罪の言葉を」

 自身と同じ返答を呟いた男は、するりと三成の頬に手を伸ばした。すると、男の手が触れた場所から血が吹き出し、また、三成が同じく触れた場所から男の皮膚が剥がれた。けれど、すぐに双方の欠陥は何事も無かったかの様に戻る。血も止まり、肌さえも時が戻っていた。再び双方が動けばまたもや傷となるのだが……

 ――謝罪を、謝罪を。
 二人は戻った皮膚を手で撫で合い再び傷をつくり始めた。血は尽きる事なく溢れ出し、皮膚は真皮も抉れる程に剥がれていく……。その様を見て、餓鬼共が腹を抱えて笑う。あれから数十年、まだ格子は錆びてさえもいない。これが餓鬼が叫んでいた罰なのだろうか。愛する者の唯一を奪った罪に対する、太陽を消し再び乱世へと誘った罪に対する、刑罰。
 あの世で再び出逢えたならば、全てを忘却の彼方に消し去って、愛の言葉を贈ろうと思っていたのだ。愚かにも。けれど、口をついて出るのは謝罪を求める言葉ばかりだった。せめて身体で示そうとも、相手を傷付けるばかりだった。だから、触れぬよう試みる。けれど、何故か何故だか記憶が切られたように消えてしまうのだ。自身が触れれば傷付けてしまう、その事実のみ。

 ――謝罪を、謝罪を。
 愛しているとこの耳で聞きたいだけだというのに。地獄はそれすらも許さないようだ。絶望の中、ふと牢の中を見渡せば、腸を喰い千切った羽虫が、まだ地面を這っていた。苦しい、苦しいと、よれた羽が男達と同じ様に叫んでいた。



END
 

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