トリコ

□火足は音速を越えて
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 他者に痛みを与える事は喜びであり快楽だ。相手の痛がる表情、苦しむ声、それを感じとる度に心がぞわりと疼く。主導権を握ることは、この上ない優越なのだ。
 元来、自身はそういったものを好む性だ。であるから……、尚更その受動的な立場になるなど許せない。
 そう、だから今、最高に気分が悪いのだ。あの時の事を思い出す度に、まるで自分のものではない感覚が身体を支配する。
 寒気を覚えるような、どこか落ち着きがなくなるような、今まで感じた事のない起伏だ。その困惑に、自分だけが悩まされているのかと思うと、どうしようもなく腹が立った。

 さあ、どうしようか。


 ※※※


 握り込んだ拳をあてつければ、大した力も入れていないのに随分と派手な音と共に、男の頬が激しく鳴った。

「がッ!あ」

「ヒャハハッ、あーもうその顔サイコー」

 男に馬乗りになってから、どれだけ時間が経っただろう。殴る度に男の身体が振動し、それが伝わる度に高揚してくる。
 破れた生地から覗く男の皮膚は青黒く痣になり、裂傷も所々にある。頬は赤く腫れ上がり、男の喉からはひゅー、ひゅーと掠れた音が聞こえる。そんな状態でも、こちらを睨み上げる男を見ていると……、あぁ。

「ぞくぞくするよ」

 男の腹部へ拳を抉り込ませた。めり、という音が心地よい感触と共に響いた。
 男は目を見開いて、口から血反吐を吐き出して呻いた。

「うっ、あぁ」

 随分と、耳につくような高い声を出すものだ。わざとか?止まるものも止まれなくなるではないか。ついつい、舌なめずりをした。

「折れてないのにそんな声出してぇ。骨の位置ずらしてたくせに」

 そう、つまらない事に直撃はしていない。もっと手応えが欲しい。もっと苦しめ。

「馬鹿か。衝撃で何本かいってんだよ」

 男は憎々しげに言いながら、ぐぐっ、と何とか半身を上げようとしている。だから、男の肩を思い切り床に押さえ付けた。
 痛みに苦しむ様に、ごめんねぇと笑いながら謝ってやった。それに尚更腹を立てたのだろう。男はすっと目を細めて言った。

「仕返しか」

「うん。だって、オイラがお仕置きされた時に散々いじってきたじゃん。傷開いちゃったしさ、痛かったんだよねー」

 そうだ、腹立たしいのはこっちの方だ。だからお前も同じ目に合わせてやる。もっと苦しめ、喘げ。お前も、同じ気持ちにさせてやる。

「……(同じ気持ち?)」

 男の苦しむ顔を見ると、嗜虐心が駆られる。征服感という高揚が身体を支配する。が、それよりも先に、一体何を言おうとした?ほら見ろ、男が怪訝そうな顔でこちらを見ているじゃないか。ああ、嫌になる。

「お前も、少しは困れよ」

 すると、あいつが笑った気がしたから、手加減なしに殴って牙をへし折ってやった。
 切れた男の唇から垂れた血をべろりと舐めとれば、あの時に感じた起伏が蘇ってきた。ああ、甘い。苛立つほどに。
 全く互いにどうかしているんだ。いっそこのまま、狂ってしまおうか。



END
 

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