バサラ2

□再生実験
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 運命なんざ糞くらえだと思った。
 いつかは出会える、いつかは出会えると、そう願い続けている内に腐れてしまったのだろう。
 ようやく手にいれた男を横目にしながら、唾でも吐き出したい気分になった。

「どうかしたのですか?」

「いいや、何も」

「頻りにその、時計を気にしておられるので」

 ああ、と指差された懐中時計をぶらりと垂らしてみせた。

「何でもないんだ。それに、もう針は止まっちまっているしな」

 男は悪い事を聞いたとでも思ったのか、それにしても今日の天気は……と、気まずい常套句を言ってくれた。
 晴天である。
 しかしだ、それすらも心には何の起伏も生みはしない。懸命にぽつり、ぽつりと話を紡ごうとする声さえ。

「終わりにしないか」

 言うと、男は時が止まったかのように固まり、ややあった後に唇を噛み締めた。
 じわじわと男の感情が空中を伝い、まるで黒黴でも涌いて出そうだ。

「何故、」

「飽きたんだ」

 男は決心したかのように、そうですかと絞り出すように言った。
 立ち上がり、ずいと広がったその背は、それでも引き止めて欲しいと願っているのだろうか。

「なあ、この時計、あんたがくれたんだぜ」

「そうでしたか。……そうですね。すっかり忘れていた」


 がたん、戸の閉まる音。
 ばたばた、走り去る音。
 どさり、と倒れた音。


 朝がやってくれば、また男は前の席に座ることだろう。
 時計が止まったその日から、次から次に立ち代わる。

「どうかしたのですか?」

「いいや、何も」

「頻りにその、時計を気にしておられるので」

 自身の中に残存する記憶と比べ、悪態をつき、吐き気がしてくるのだ。
 愛していた筈が、憎たらしくなる程までに。

「何でもないんだ。それに、もう針は止まっちまっているしな」



END 

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