バサラ2

□言葉に毒を、肢体に針を
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 生まれ暮らした場所に海はなかった。けれど、あの人が生まれ暮らした場所には海があるという。あの人に連れられて歩いた砂浜に、心地よい音を立てる波、青く青く澄んだ色をした海。足元の浜に広がる砂は、いつも目にしている土とは違い白く輝いていた。手に掬ってみればさらさらと指の間から零れ落ちていく。綺麗だと思った。
 するとあの人は小さな布の袋にその輝く砂を入れ、海と同じ青の紐で綴じ、手渡してくれた。受け取った手にあの人の手が重なる。あの人は微笑んで言った。

「 I love you 」

 それに苦笑いを返す。こんな時でもあの人はその言葉しか言ってはくれない。
 以前、理解できない南蛮語のその意味を聞いたことがある。あの人は真っ直ぐにこちらを見つめた後に、その言葉の意味を教えてくれた。

「あんたを殺すのは俺、そういう意味さ」

 さらさらと、指から砂が零れ落ちていく。掬っても掬っても。ただそれを仕方のないことだと嘆くでもなく見つめることしか出来なかった。

 ※※※

 愛している。その言葉をあの人から聞くことはなかった。どんなにどんなに愛していると囁いても、あの人は笑って知らぬ振りをする。轟音鳴り響く場所でその声だけに耳を澄ませても、やはり聞こえない。頬を撫で促しても、やはり聞こえない。

「何故言って下さらぬのですか」

 しびれを切らして言うと、あの人は少し困ったような顔をした。言ったら、あんたは俺を殺せるのか?そう告げているような表情に腹が立った。
 見くびってもらっては困る。この何人も殺した腕で、愛する者を殺すことなど容易だ。それこそ夢中になって血を肉を喰らうことだろう。それすらもあの人は知っていた筈だ。そしてまた、あの人は囁く。

「 I love you 」

 何を馬鹿なことをと思った。殺す術を熟知していたあの人の両腕を吹き飛ばした後だったのだ。どうやって殺すというのか。一体どうやってあなたは約束を守るというのか。そうこうしている内に、身体は勝手にあの人の首を胴体から引き剥がしにかかっていた。
 横たわる肢体。引き剥がされた首はどこぞへ運ばれていった。周囲では兵の歓喜の声。これではあの人を土に埋めることすらできない。頬に触れ手を擦り、泣くことすらできない。許されないのだ。何人、わが兵があの人によって命を落としたことだろう。
 あの人の上に砂を落とす。さらさら、さらさら。青い紐がひらりと風にさらわれていった。微かな音を立てて肢体に舞い降りた砂は血で汚い色に染まっていった。もうあの白はそこらの土と大差なかった。


END
 

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