long dreamB
□Maternal Love
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「ふー。気持ちよかった」
文化祭の件で話が弾み長引いた食事を終え、蔵馬と一通りパンフレットを眺めると帰宅しようとした未来だったが、もう遅いから泊まっていきなさいと志保利に諭されお風呂を借りていた。
闇撫の能力で一瞬で帰宅可能なのだが、そんなことを志保利に説明するわけにはいかず、泊まったら?と蔵馬にもすすめられ大人しく厚意に甘えたのだ。
湯船から上がると、借りた蔵馬のスウェットに袖を通した。丈の余るそれは洗剤のいい匂いがして、いつも蔵馬が来ているものだと思うと、まるで彼に包まれてるみたいで未来の目尻が下がる。
身支度を整え髪を乾かすと、リビングにいた志保利に挨拶し二階の蔵馬の自室へ向かった。
「蔵馬、お先にお風呂ありがとう」
トントンと扉をノックして部屋に入ると、勉強机に頬杖をつき本を読んでいた蔵馬が顔を上げた。
「お母さんが次蔵馬早く入っちゃってって」
「わかった。未来、こっちおいで」
ちょいちょいと手招きすれば指示通り近づいてきた未来の身体を、彼女の腹部に手を回し、椅子に座った状態のまま蔵馬が引き寄せる。
「オレの服、やっぱ大きいね」
蔵馬を見下ろしているという、普段と違うシチュエーションに未来がドキドキしていると、スウェットの下へ侵入してきた手に胸が跳ねた。
「ちょ……」
「湯上がりの未来、そそられる」
「…っ……今日はしないよ?」
ちゅ、と口付けられ直に肌を撫でられて、焦る未来が小声で忠告する。今日は蔵馬の母親が在宅なのだから。
「未来、我慢できるの?」
「もーいーから!早くお風呂入ってきて!」
あまり遅いと志保利に不審がられてしまう。
未来は蔵馬の手を引っ張り立ち上がらせると、背中を押して強引に部屋から追い出した。
「…もー……」
はいはい、と言ってクスクス笑いながら階段を降りていった蔵馬を見送り、未来はポスっと力なくベッドに腰かける。
赤くなった頬の熱が冷めるのを待っていると、前触れもなくガタガタと部屋全体が揺れ始めた。
「うーちゃん?いいよ、おいで!」
突然の怪奇現象にも未来は全く動じない。自分のペットが挨拶伺いに来たのだと分かったからだ。
未来が呼びかけると、壁一面に裏女が現れた。
「うーちゃん、どうしたの?……そっか、散歩に飽きて暇だったから来たんだ。いいよ、一緒にお喋りしてよう。お風呂から蔵馬が上がったら三人で……」
闇撫の未来には、裏女が考えていることが手に取るように分かる。
裏女との会話に夢中になっていた未来は、階段を上がってくる足音に気づかなかった。蔵馬を追い出したままドアを開け放していたことも、迂闊だったとしかいえない。
「未来ちゃん、布団敷きましょうか」
ひょこっとドアから顔を出した志保利に、未来は心臓が止まるかと思った。
裏女は“マズい!”という表情になると、フッと壁から跡形もなく姿を消した。次元の狭間へ帰っていったのだろう。
絶対にあってはならないことが起きてしまった。
「あ、あの……」
情けないほどか細い声しか出てこない。
驚いたように眉を上げ、裏女が消えた壁を見つめている志保利を前に、窮地に追い込まれた未来はフリーズしていた。
一体どうすればいい。
志保利は完全に裏女を目撃していた。誤魔化せそうにはない。
まずは蔵馬に相談だ。御手洗戦後の沢村たちへ使用した、特定の記憶を消せる魔界の植物を早急に用意してもらおうか。
けれど蔵馬が風呂から出るまで、この場をどう取り繕えばいいのか。
「……大丈夫よ、未来ちゃん。秀一には黙ってるから」
顔面蒼白となっている未来へ、そっと志保利が話しかけた。
予想外に優しく落ち着いた声色に、未来は目を瞬く。
「今のこと、未来ちゃんも秀一には内緒ね。女同士の秘密よ」
口元で人差し指を立てて、悪戯っ子のように志保利は微笑んだ。
「未来ちゃんの布団、和室に敷いてくるわね。秀一の部屋ってわけにもいかないわよね。大事な他所様のお嬢さんお預かりしてるんだし」
「はい……あ、私やります!」
「いいのよ、未来ちゃんはゆっくりしててね。おやすみなさい」
未来の申し出を断り、志保利は部屋の戸を閉める。
一人になった後も、動転する未来の心臓はしばらくバクバクと鳴り続けていた。