long dreamB

□Maternal Love
1ページ/4ページ


「文化祭?来週あるんですか?」


ジンガボール旅行から数週間が経った、十月のとある休日。
南野家にて未来は、蔵馬と彼の母の志保利と共に食卓を囲んでいた。今日はたまたま畑中親子が不在で、寂しいから一緒にと志保利に誘われ晩御飯をご馳走になっているのだ。


「そうなのよ。あら秀一、話してなかったの?」


「ああ、そういえば」


「もう、抜けてるんだから」


思い出したような蔵馬の反応に、志保利が頬を膨らます。ごく普通の微笑ましい親子のやり取りだ。


「でね、その来週の文化祭に私も行こうと思っているから、未来ちゃんがよければ一緒に行かない?」


「わあ、嬉しいです!ぜひ!」


「まあ本当?ありがとう。私も未来ちゃんと行けるなんて嬉しいわ」


未来の返事に、志保利も顔を綻ばせて喜んだ。


「未来、本当にいいの?来ても構わないけど……うちのクラスの模擬店、フリマだし別に面白くも何ともないと思うよ」


心配そうに眉間に皺を寄せた蔵馬が、隣に座る未来に訊ねる。
自分の母親と二人で行くのは負担ではないか、断りにくかったのではという懸念もあった。


「行きたいよ!秀一くんの高校の文化祭だもん」


蔵馬の家族の前では彼を“秀一くん“と呼んでいる未来が、一点の迷いもないキラキラした瞳をして述べる。
一人で他校の文化祭へ行くのはちょっと緊張するし、気さくで優しい蔵馬の母からの誘いを断るなんて選択肢は微塵も浮かばなかった。


「安心しなさい、秀一。秀一の自由時間は未来ちゃんを解放してあげるから、二人でまわるといいわ」


「え、でもそしたら秀一くんのお母さんが……」


「私はママ友と合流するから大丈夫よ。遠慮しないで未来ちゃんは秀一と一緒にいてあげてね」


「……はい」


志保利の気遣いに、照れくさそうにはにかみ未来が頷く。


「でもせっかくのクラスの出し物がフリマだなんて、たしかに面白味ないわよね。お化け屋敷とかカフェとかもっと他になかったの?」


「受験近いし、オレのクラスやる気ないから」


「体育祭の時も同じようなこと言ってたわね……」


親子の会話の内容に、四次元屋敷戦前に“一番楽で暇そうだったから”と生物部への入部理由を語った蔵馬が思い出されて、箸の手を止めた未来がふっと口元を緩める。


「秀一くんにとってはクラスがそういう雰囲気で都合いいんじゃない?」


「まあね」


とてもじゃないが学校行事に熱を入れて取り組むタイプには見えない蔵馬へ揶揄うように未来が訊ねれば、彼も否定しなかった。


「生物部では何かしないの?」


「飼育してる魚の展示と説明を掲示するだけだよ。店番もいらない」


「じゃあけっこう秀一くん当日暇?」


「未来と一緒にまわる時間は十分取れると思うよ」


当初は自分の店番を済ませたらさっさと帰るつもりだった蔵馬だが、未来が来るなら話は別である。


「ほんと!またパンフ見せてね。どこまわるか考えなきゃ。楽しみだな〜!」


未来がここまで文化祭に興味を示すとは思わなかった。意外な心境の蔵馬だったが、クラスの彼氏持ちの女子たちが心待ちにしていた様子を思い出すと腑に落ちる。


蔵馬にとって文化祭は特別なイベントでも何でもない、むしろ面倒な行事であり、未来へ話し誘うのをすっかり失念していた。忘れていたというより、考えにも及ばなかったといった方が正しい。


けれど、こんな風に自分の高校の文化祭を楽しみにして満面の笑顔をみせてくれる未来の姿を眺めていると、素直に嬉しいと思うし胸がぽかぽかとあたたかくなる。
はしゃぐ未来を可愛いなと思うと、蔵馬の口角も自然と上がっていった。


「オレも楽しみになったきたな。後で持ってくるよ」


そう言った通り夕食後、蔵馬は自室から文化祭のパンフレットを持ってきて。
ソファに座り仲睦まじく肩を寄せ合って一つのパンフレットを眺めている息子とその彼女を、キッチンから志保利は目を細めて見守っていたのだった。
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ