long dreamB
□雪男の戯言
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「だから雪菜と和真くんも、未来さんを責めたり怒ったりしないでくれ。ボクも早く未来さんから信用を得られるよう頑張らないとな」
「お兄さま!!なんて人格者なんですか!!」
「雪菜からも、早く兄さんと呼んでもらえるよう頑張るよ」
いたく感激している様子の桑原がすかさずゴマをすっている傍ら、ユキオが雪菜へ話しかける。
「でも無理はしなくていいからね。生き別れた兄が急に目の前に現れて、動揺してると思うから」
「……すみません。まだ実感がわかなくて」
申し訳なさそうに雪菜が謝ると、いいんだよと優しくユキオが微笑んだ。
「そうですよね雪菜さん。ずっと探していたお兄さんが見つかったなんて、夢のようですぐに信じられないですよね!」
「雪菜、迎えに来るのが遅くなってごめんよ。ずっと魔界を探していたんだ。まさか人間界にいるとは考えていなかったから……随分と待たせてしまったね。不甲斐ない兄を許してほしい」
「……いえ。こうして会いに来てくれただけで嬉しいです」
「ありがとう。これからは今まで会えなかった分、兄妹の時間を仲良く過ごしていこう」
「いやあ、雪菜さんのお兄さんなら優しく素晴らしいお方に違いないと思ってはいましたが、ここまでとは!!」
「和真くん、言い過ぎだよ」
雪菜と桑原に囲まれてユキオが笑っている光景を、これ以上見ていられない。
息苦しくなった未来は、ギュッと胸元の服を掴んだ。その下に隠してある雪菜から貰った氷泪石を、お守りのように握りしめる。
雪菜は飛影が兄だと気づいているような節のある言動を未来へ見せていたのに、あれはこちらの気のせいだったのだろうか。
飛影以外の者を兄さんと呼ぶ雪菜の姿なんて、想像しようとするだけで辛くて未来は目を伏せた。
桑原にお兄さまと慕われるべきなのも、雪菜へ兄と名乗れるのも。二人の間にいるべきなのも。
全部全部飛影なのに。
飛影だけなのに……!
ズタズタに胸が切り裂かれたみたいに苦しくて、じわりと涙がこみ上げた目元を慌てて未来が擦る。
(弱気になってちゃ駄目だ)
雪菜を……飛影の大切な妹を守らなくてはと、今一度未来は気を引き締める。
目の前の男は物腰を低くしてこちらの懐に入ろうとする、今までの敵とは違ったタイプで厄介な相手だ。
一体どんな能力を持っているのか、雪菜に近づいた目的も不明。本当に雪男で、氷漬けにする能力を秘めているとすれば警戒は怠れない。
穏やかな妖気からは禍々しいものは感じられず、強い妖力を秘めているようには見えないが油断大敵だ。
先ほどは冷静さを欠いた言動をとってしまったが、これ以上彼を刺激しない方が得策かもしれないと未来は考える。
静観し彼から目を離さないようにしながら、その目的と正体を探るか。
(私の能力も知られたくはないな)
何もかもが謎に包まれているユキオへの警戒をいっそう強める未来が決意する。闇撫の能力を発動するのは、ユキオが雪菜へ危害を加えようとした時だ。
「そうだ、人間界に来たら雪菜と一緒に行きたいと思っていた場所があるんだけど……」
「何なりとお兄さま!!」
この度が人間界初訪問であるらしいユキオがおずおずと切り出せば、高級レストランでも何でもどんと来いとポケットから桑原が財布を取り出す。
「ゆうえんちという所へ行ってみたいんだ」
「ゆ、遊園地?」
予想外の申し出に、お年玉の残りがあったはず…と自室へ貯金を取りに行こうとしていた桑原は拍子抜けした。
「魔界にそんな場所はないから、興味があって……」
「いいですよ、行きましょう遊園地!!」
「私も行く!」
案内します!と息巻く桑原に続き、ハイ!と未来が手を上げ名乗りをあげる。
「未来ちゃん、大学は!?」
「休むよ!桑ちゃんこそ高校は!?」
「雪菜さんのお兄さんが見つかった時に授業なんか受けてる暇あっか!」
悲願の合格を果たした高校の授業を日々真面目に受けている桑原だが、想い人の一大事となれば話は別だ。
「さっきはいきなりほっぺ引っ張ってごめんなさい。いいですか?私も行っても」
挑むような眼差しで未来が訊ねると、ほんの一瞬眉を顰めたユキオだがすぐさま表情を柔らかいものに変える。
「ええ、もちろん。嬉しいです」
その台詞をユキオからの宣戦布告とみなした未来は、メラメラと胸に闘志を燃え上がらせるのだった。