long dreamB

□青いふたり
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年がら年中酒臭い盗賊連中が、今日はやけに浮き足立っている。
商売女たちが来る日だと、いつからか飛影も察するようになっていた。


お前にはまだ早い。ガキはネンネしてろ。
拾った捨て子へ下卑た笑みを浮かべて彼らは言った。


従順でいる気などなくとも幼い身体は自然と眠くなる。
いつも朝まで起きない飛影だったが、その日だけは深夜喧騒に目を覚ました。
寝ぼけ眼で起き上がり好奇心のまま大人たちの部屋を覗く。


むっとした酒と精の匂い。露になった肌。
だらしのない顔で女も男も乱れている。
強烈な光景に混乱し立ち尽くす幼子に、女は言う。


ボウヤも混ざる?


女の冗談にゲラゲラと周りが笑う。
背筋にゾッとした寒気を感じ、辺りを焼き尽くさんとする寸前で飛影は盗賊の一人に宥められた。


まあまあよせと、酔っ払い特有のぶれた動作で飛影の構えた右手を抑えたのは盗賊団でもトップレベルの妖力を誇る男だったか。
奴らは何をしているんだと、早口で飛影は訊ねた。


むわっと鼻につくアルコール臭。酒気を帯びた赤い顔をぐっと近づけて男は少年の問いに答える。
パリンと胸の奥で割れた音がして、飛影はそれ以上考えるのをやめた。







「ひーえい!聞いてる?」


過去へとんでいた意識が、恋人の声で戻ってくる。ハッとした飛影が俯いていた顔を上げると、キョトンとした表情で未来がこちらを見ていた。


軀と羊羹を食べてすぐ、人間界へ戻った二人は幻海邸の一室で丸机を囲んでいた。
百足では誰が聞き耳を立てているか分からないし、血生臭い物騒な場に未来が長居するのを飛影が嫌ったためだ。


「何回か呼んだのに気づかないんだから。考えごと?」


「……ああ」


心配そうに訊ねた未来に、「つまらんことだ」と飛影は言った。彼女が気に病むような事柄ではない。


「飛影聞いてなさそうだったからもう一度言うけど、鈴木がお祝いに家事マシンをプレゼントしてくれるって。私たちの妖力を燃料に動くんだってさ」


「大丈夫なんだろうな」


「大丈夫だって!鈴木の発明の腕はピカイチだもん」


突然家ごと爆発しないかとの懸念が頭に過ぎった飛影に対し、未来の方は師匠である鈴木を信頼している。


「鈴木から受け取る予定の家電や今日時雨さんから貰ったゴムの木は、うーちゃんに魔界から新居へ運んでもらおうと考えてるんだ」


「未来。お前、あれがどんな木か知らないだろ」


顔をしかめた飛影が忌々しげに吐き捨てる。時雨からの祝いの品は、とりあえず今は百足の飛影の自室に置かれていた。


「え、なんか危険な木なの?毒があるとか!?」


何の変哲もない植物に見えたが、紛うことなき魔界産なのだ。途端に警戒する未来が眉を顰める。


「魔界でも珍しいくらい無害な木だ」


「じゃあ何!?」


口を開きかけた飛影だが、喉まで出かかった言葉をどうしても声にできない。


「……さあな」


「えー、言ってよ!気になるじゃん!」


教えてよー!としつこく詰め寄られ、彼女にゴムの木が重宝される理由を匂わせたことを飛影は後悔し始めていた。


「お前は知らなくていい」


はぐらかすのに疲れた飛影が、うるさい口を己のそれで塞ぐ。
まんまと黙らされ不服な気持ちでいた未来も、次第に彼との口づけに酔いしれていく。


去年トーナメント初日に想いを通じ合わせて以来、もう何度目かわからないキス。
うっとりとした心地で未来は恋人からのそれを受け入れた。


「…っ……飛影」


髪を撫でていた手に耳を塞がれると、世界に飛影と自分しかいないみたいで……流されそうになる未来であったが、残った理性で咎めるように彼の肩を掴む。


「誰か来るかもしれないから」


昨年秋に少々度が過ぎてイチャつき、幻海にチクリと言われたことは記憶に新しい。未来に小声で囁かれ、飛影は罰が悪そうに彼女から身体を離した。


まただ。
またこいつに飲み込まれそうになった。


一度触れたら堰を切ったようにあふれ出すとわかっていたのに、また手を伸ばしていた。
幾度となく同じ過ちを繰り返し、学習しない自分にうんざりする。


「でもさ、一緒に住んだら……」


おずおずと紡がれた小さな声に、飛影がそちらを見やる。
しかし未来は飛影と目が合った途端、焦ったように俯き口を閉ざした。心なしかその頬は紅い。


「な、なんでもない!それよりさ、幽助が新作ラーメン作ったらしいんだけど」


急に話を変えた彼女を幾分訝しがりつつ、飛影は何も言わなかった。
未来が喋っている間も、ただ己への苛立ちと、彼女への熱を鎮めるのに精一杯だったから。
 
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