long dreamB

□青いふたり
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未来が無事第一志望の大学に合格し、春から二人で暮らす新居も決まり。
全てが順調に進んでいた三月下旬、久々に未来は魔界を訪れていた。


「いつ来ても殺風景な部屋だね」


軀軍の移動要塞・百足内の飛影の自室をぐるりと未来が見渡して呟く。予め備え付けられていた最低限の家具のみが置かれた、生活感のない部屋だ。
飛影は未来が魔界に滞在することを嫌うため今まで数えるほどしか彼の自室には来たことがないが、一向に物が増える様子はみられなかった。


「もしかして新居に運ぶ荷物って一つもない?」


「ああ。だから来んでいいと言っただろ」


「まあ、久しぶりに百足にも遊びに来たかったし」


荷造り手伝うよ!と半ば強引に百足へ押しかけた未来だったが、飛影は遠慮していたのではなく本当に人手を必要としていなかったのだった。
未来が確認した限り、飛影の私物は胸に下げている雪菜の涙で出来た氷泪石くらいだ。服や日用品は軍から支給されるそうなので私物と呼べるか怪しい。


「飛影って前までは家もなかったんだよね。究極のミニマリストだね!」


飛影に物欲はない。自分には未来さえいればいいと、本気でそう思っていて──けれど口に出すのは憚れたので、飛影は無言で彼女から目線を逸らした。


「飛影、少しいいか」


「時雨さんだ」


コンコンと戸を叩く音と共に時雨の声がして、はーいと未来が出迎える。


「未来さんが来ていると聞いて、二人に引っ越し祝いをやろうと思ってな。これを新居に飾るといい」


何の用だと飛影に詰問された時雨は、脇に抱えていた植木鉢を差し出した。緑色の葉が涼しげな印象を与える小さな木が生えている。


「観葉植物ですか?ありがとうございます!」


引っ越し祝いにピッタリのオシャレなチョイスだなと、未来の顔は喜色であふれる。


「ああ。ゴムの木だ」


さらりと応えた時雨に、動揺で飛影の瞳が揺れた。


「魔界にもゴムの木があるんですね。人間界の花屋にも売ってるのを見たことがあります。大切に育てますね!」


「人間界のものはどうなのか知らんが、魔界のゴムの木の世話は時折水をやるだけで簡単だ。それと、軀様が未来さんをお呼びだ。手土産の羊羹を共に食べようと」


去年初めて百足に招待された時に渡した羊羹を軀はとても気に入ったようだったので、未来はいつも彼女への手土産にそれを選択するようになっていた。


「わかりました!じゃあ行こっか飛影」


「飛影には明日のパトロールの件で少し話がある。先に行っておいてもらえるか」


時雨に促され未来が一人で軀の部屋へ向かうと、ギロリと飛影は残った男を睨みつけた。


「おい。貴様、どういうつもりだ」


未来に時雨を疑う様子は一分もなかったが、パトロールの件で話があるなんて嘘っぱちだと飛影は気づいていた。
毎度変わり映えのない退屈極まりない仕事なのだ。事前に話すことなどない。


「お前が拙者へ話がありそうだと感じたからな。飛影、何故怒っている」


「貴様がふざけた物を寄越すからだ」


「ふざけてなどいない。新婚夫婦への祝いにあの木は定番の品だ」


その慣習を以前どこかで耳にしたことはあったので、飛影は口をつぐんだ。


「しかし驚いた。あの様子、彼女はこれがどういった木か知らぬようだったな。……余計な世話だったか」


図星を突かれ表情を強張らせた飛影の額帯の下には、数年前に己が移植手術を施した邪眼が隠されていると時雨は知っている。


風の噂で未来との交際を聞いた時、あの少年も女を知るような歳になったのかと少々感慨深くなったものだ。しかし、飛影のこの反応……それなりの期間が経ったはずだが、まだ深い関係には至っていないのか。


心底驚く時雨だったが、どこか腑に落ちた。飛影が彼女を大切にしているのは、めったに百足へ連れて来ないことからもなんとなく窺える。
もしや飛影は彼女を神聖化しているのではあるまいかとの疑念がふと浮かぶほどに。


「……彼女もただのおなごだと思うがな」


「もう用は済んだだろう。さっさと出て行け」


独り言の如く呟いた時雨の台詞に、苛立ちがピークに達した飛影が彼を追い返す。


時雨が持ってきたそれは、未来を守るために必要なものだ。
いずれ用意しなくてはならなかったと飛影も分かってはいる。


ただ、時雨が未来を“飛影とそういう行為をする女”という目で見ていることが無性に気に障ったのだった。
 
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