long dreamB
□Five As One
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「それにしても魔界は広いわなァ」
日中はまだ残暑が厳しい九月。
魔界統一トーナメントが終了して三ヶ月近い時が過ぎようとしていたある日、皿屋敷市内の茶店で桑原がぼやいていた。
「武術会優勝チームのメンバーがそろって三回戦敗退とは。あ、一人は一回戦で負けたんだったか」
「ま、相手が悪かったよねえ」
桑原と未来のかけ合いに、ふっと息を吐くような笑い声を蔵馬が漏らす。
「幽助も飛影も相手が優勝候補でしたからね」
「オメーだって三回戦の相手は雷禅の昔の仲間だったんだろ?」
「蔵馬、九浄さんに善戦してたんだよ!」
試合を観戦していない桑原へ、熱を込めて未来が主張する。二回戦での時雨との試合も見事だったが、三回戦もかなり蔵馬は奮闘していたのだ。
「しっかし、大会優勝したのが黄泉でも軀でもなく煙鬼とかいうおっさんとはな」
「意外だったよね。でも煙鬼さんが優勝して良かったと思うよ!だって彼の方針は“人間界に迷惑をかけないこと”だもん」
故・雷禅の旧友であり親人間派の煙鬼が魔界の長となったことは、人間と妖怪の友好的な関係への発展に繋がると未来は確信している。
「もう魔界と人間界の間の結界も解かれちまったんだろ?」
「ええ。もしかしたらこの店内にもオレと未来の他に妖怪がいるかもしれませんね」
「マジかよ、久々に緊張するぜ」
「あはは、大丈夫だよ。妖怪は皆、人間に歩み寄ろうとしてるみたいだし」
結界が解かれた理由は、コエンマが霊界の上層部…すなわち自分の父親であるエンマ大王と特防隊を告発したからだ。
霊界上層部は、人間界での妖怪の悪事を洗脳や報告書で偽造し水増ししていた。魔界を悪役にしておけば人間界を守る大義名分ができ、堂々と結界を張って霊界は領土維持できるという魂胆だ。
その事実をコエンマが突き止め明るみにしたことで結界は解かれ、妖怪は人間界と魔界を自由に行き来できるようになった。
「コエンマも苦労してんなァ」
「ぼたんが言うにはやっぱりあんまり元気ないらしいよ…。来週末の旅行、桑ちゃんも来れるよね?」
「おお、スケジュールあけといたぜ」
ぼたんと未来とで、皆で魔界のリゾート地へ旅行する計画を立てているのだ。激務と心労続きのコエンマに羽を伸ばしてもらい、元気になってほしいとの思いからの発案である。
「で、未来ちゃんは絶賛受験勉強中か?」
「うん。受験生に夏休みはほぼなかったよ」
今度の旅行に気持ちよく行くためにも、未来は根詰めて勉強しているまっ最中だ。そのため蔵馬とのデートでは、もっぱら一緒に勉強したり苦手な数学を彼から教えてもらったりしている。
蔵馬の家だとどうしても勉強だけには集中できないので、最近は図書館でデートするようにしていて……と、ここまで考えて頬を赤くした未来は、数学の公式を思い浮かべることでピンクな回想を頭から追いやった。
「蔵馬は大学行かねーんだよな」
「義父の会社の方が面白そうだからね」
勿体ないと周りからは口々に言われたが、そろそろ学生に飽きていた蔵馬は新たなステージで働いてみたくなったのだ。
「ん、未来ちゃん、どうした?」
「だって〜〜!」
蔵馬の隣でむくれていた未来が、駄々っ子のように嘆いた。
「もしかしたら一緒にキャンパスライフがおくれるかもって思ってたのに!」
高校は別だったけれど、大学は同じところに行きたい。蔵馬のレベルに合わせなくてはならないという高いハードルはあるが、彼との華のキャンパスライフのためなら頑張れると未来は思っていたのだ。
しかし、蔵馬は大学を受験せず就職するという。蔵馬の選択を尊重したいとはいえ、先日その意を伝えられて未来は正直ガッカリしてしまったのだった。
「そのことはごめんって。社会人の彼氏も悪くないと思うけど」
「うん……私こそごめん」
ポンポンと優しく蔵馬に頭を叩いてなだめられ、未来も落ち着く。子供っぽかったなと反省だ。それに、蔵馬の言う通り“社会人の彼氏”という響きもなんだか魅力的に感じていた。
「蔵馬、絶対スーツ似合うだろうな……」
「……未来ちゃんも大概浦飯並みに単純だよな」
通勤スーツ姿の蔵馬を想像して、ぽやーんと頬を押さえうっとりしてしまう未来。
堂々と惚気る彼女にやや呆れた表情の桑原と、否定できず苦笑いの蔵馬であった。