long dreamB
□Naughty Baby
1ページ/6ページ
修羅が目覚めてから早一ヶ月。
ミルクをあげたり、抱っこしてあやしたり。
放課後たまに魔界を訪れて赤ちゃんを愛でようという未来の淡い願望は、見事に打ち砕かれていた。
「未来、遅いぞ!」
体格も知能も生まれた日から幼児同然。
おまけに妖力はS級クラスのスーパーベビー・修羅に今日も未来は手を焼いていた。
「ごめんね。今日は補習があったから」
「ふーん。頭悪いんだな」
「なっ、希望者補習だから成績は関係ないよ!そもそもそういう失礼なことヒトに言わないの!」
国は崩壊したが、城は黄泉の所有物として残っている。
トレーニングルームで日夜父との修行に励んでいる修羅のささやかな余暇が、未来と共に遊ぶことだ。
「今日は花札持ってきたよ。“こいこい”しよう!」
闇撫の能力を極め次元間を自由に移動できるようになった未来は、元いた世界に春休みに戻り無事復学していた。
放課後こうして魔界を訪れては子供の好きそうなゲームやおもちゃを持ってきて、修羅の相手をしてやっているのだ。
「修羅の奴、機嫌が良いな」
二人のやり取りを、少し離れたところから黄泉と蔵馬が見守っていた。
楽しげな息子の様子に、フッと黄泉が口元を緩める。
「毎日修羅がうるさいよ。今日はいつ未来さんが来るのかと」
「あまり未来を呼び出すのもいい加減にしろと、お前からも息子に言っておけ」
平日の放課後は勿論、ひどい時は土日まで修羅の世話に駆り出され、恋人と二人きりで過ごす時間が激減した蔵馬は大変にお冠であった。
「未来の母子の触れ合いを阻む気か?修羅は彼女に懐いている。早く未来さんがその気になってくれるといいんだが」
「パパ、やだよ未来がママなんて!」
危うく蔵馬がマジギレする寸前、父親たちの会話に修羅が乱入してきた。
「絶対絶対未来がママなんか嫌だ!弟にならしてやってもいいぞ」
「せめて妹じゃなくて!?」
光栄に思えと、えらそうに修羅がふんぞりかえる。
全力で拒否され切ないが、ママになってと言われても困るので未来は安堵した。
「黄泉。息子の意見を一番に尊重した方がいい」
良い味方ができたと勝ち誇ったような笑みを浮かべる蔵馬に、ぐぬぬと黄泉が悔しげに唇を噛む。
「パパ、絶対嫌だからな!」
「わかったわかった」
一度言い出したらきかないと黄泉も身に染みて知っているので、修羅に同意してやった。癇癪を起こされたらたまらない。
「そろそろ帰ろうか」
皆で花札に興じ、修羅が何度か勝利し満足した頃合いに蔵馬が言った。
そうだねと未来が同意すると、えー!と修羅が嘆きの声をあげる。
「また明日も来るよね?」
うるうる瞳を潤ませた修羅に上目遣いに見つめられて、うっと未来がたじろぐ。
別れの時だけ途端に修羅はしおらしくなるのだ。
「う、うん。明日は補習ないから」
「約束だからな!」
未来はこの修羅のお願いにめっぽう弱い。
ジロリと何か言いたげな蔵馬の視線が刺さるが、今日も未来は諾の返事をしてしまったのだった。
蔵馬と未来が人間界に戻ると、空は茜色に染まっていた。
南野家から徒歩数分に位置する公園内の、木々に囲まれたひと区画は、人目につかないため未来が闇撫の能力を発動することができる場所だった。
「っ、蔵馬」
魔界と繋がっていた次元の穴を閉じた途端、蔵馬に抱きしめられた未来の声が上ずる。
ふわっと香る薔薇の匂いは、いつも未来の胸を甘く軋ませた。
「最近未来が足りない」
未来の髪に顔をうずめ、やや拗ねた声色で蔵馬が言った。
「ごめん。修羅くんに頼まれるとどうにも……。トーナメントが始まるまでは世話するって約束だし、出来るだけお願いきいてあげたいと思って」
受験勉強を理由に、修羅の世話をするのはトーナメントの日までと未来は決めていた。
存外、黄泉もあっさりこの条件をのんだ。あまりしつこく迫っても逆効果だと考えたらしい。
「……いいよ、未来がしたいようにして。オレも付き合うから」
本当は全然よくなかったが、黄泉を烈火の如く怒らせた代償が修羅の世話程度で済み、御の字ではあるのだ。
未来が平和的に場をおさめたおかげであり、蔵馬は彼女の納得いくまで付き合おうと決めていた。