long dreamB
□Mazy Triangle
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「黄泉ィー!聞こえっかコラァー!今から行くからお茶用意して待ってろォー!」
魔界の大地を揺るがすような無遠慮な大声に、玉座に悠然と腰をおろす国王が低く笑う。
彼の常任離れした聴力は、癌陀羅の片隅から放たれた敵国王の叫び声をしっかりと拾っていた。
「これから浦飯がここへ来るそうだ」
「む、雷禅が死んだのですかな!?」
「おそらくな」
「浦飯は何を企んで……」
訝しげに妖駄が眉を顰める。
口元に弧を描く黄泉は、これからの幽助の言動を楽しみにしているようだ。
「まず奴の出方を見るか。妖駄、玉露と菓子を用意し、門兵に彼を案内するよう伝えろ。その時浦飯の妖力値を計れ」
「は!」
「それから使い魔を人間界に行かせ、六人の兵士と蔵馬、未来さんを呼べ。これも王妃の仕事だと告げてな」
「承知しました」
王に長く仕えている妖駄は、流れるような動作でテキパキと命令された業務をこなすべく準備にかかる。
面白くなってきた。
ほくそ笑む黄泉が立ち上がった拍子、漆黒の長髪が揺れる。
応接間に向かう道中、考えるのは主にこれからの魔界のことだ。
おそらく軀も既に雷禅の死を知っているはずだ。
闘神の息子は何を狙っているのか。やはり和睦か。
それならこちらも手を打ちやすい。軀軍との一騎打ちで、彼らの戦力は使える。
あとは修羅の成長を待つばかり。
闇撫の能力も今後必ず役に立つだろう……。
思考の先に未来が現れて、黄泉の顔から笑みが消える。
彼女の闇撫の能力を軀との戦争でどう使うか。
幾度も考えてきたことだったが、明確な結論が出ないまま月日が経ってしまった。
あまりリスクの高い任務を強いて彼女を失いたくはない。
わきあがった思いに、戸惑ったのはもうかなり前な気がする。
婚約記念パーティーの際、蔵馬の存在を忘れ無我夢中になって未来を助けに向かおうとしたあの時から自分の中で何かが変わってしまった。
およそ理知的とは言い難い行動に愕然とした当時の心情を、昨日のことのように黄泉は思い出せる。
その後の、カッと頭が瞬時に沸騰するほど熱くなる記憶も。
“ねえ、蔵馬……大好き……”
ふいに脳裏をよぎった艶めく声色に、ドンッと黄泉が廊下の壁を叩いた衝撃でガラガラとその一部が崩れ落ちた。
数秒置いて、一際大きい雷鳴が城内に轟く。
この感情は、怒りか。それとも。
蔵馬へ愛を囁く未来の姿は、黄泉の心を大きくかき乱した。
消し去りたい記憶だと忌避する一方、彼女の声は麻薬のように甘美でもあり求めてしまう自分もいる。
そんな感情に狼狽え抗い、あの日からずっと未来と会うのを避けてきたが。
彼女が欲しいと渇望している己を認めると、黄泉は楽になった。
そして未来を癌陀羅へ呼び寄せ、蔵馬に宣戦布告したわけだ。
次にオレを呼ぶのは雷禅が死んだ時にしろという蔵馬の言葉通り、あれからおよそ一週間経つが今日まで黄泉は未来らとコンタクトをとろうとはしてはいない。
別に焦ることはない。ゆくゆくは必ず奴から彼女を奪う。
魔界の大国の王に君臨し、妖狐蔵馬をも凌ぐ妖力を誇る黄泉に恐れるものはない。
彼女や蔵馬のなんと扱いやすいことか。彼らにとって大切であるらしい者の安否をちらつかせれば、容易くこちらの意のままだ。
圧倒的な力。財産。名声。
それらを持った今の黄泉が欲して手に入らないものなどこの世に存在しなかった。
未来だって既に黄泉のものであるといっても過言ではない。彼女はこの国の王妃なのだから。
昔の己であれば逸る欲求のまま彼女を手篭めにし自滅していたかもしれない。
オレも本当に辛抱強くなったものだと、俯瞰する黄泉がニヤリと口角を上げる。
もうお前に未来は会わせられないとも蔵馬は言っていたが、王妃の仕事だと伝えれば必ず彼女は来る。
蔵馬の家族の命と引き換えに受けた職務故、無視はできない命令のはずだ。
加えて浦飯が来訪するともくれば彼女は落ち着いてはいられないだろう。
「くっくっく……あっはっは……!」
魔界全土を掌握する日も近い。
長年の夢を果たした先、隣にいる彼女を想像して思わず豪快に笑ってしまう。
何から何まで己に都合良く動く情勢に、ますます口元を緩ませる黄泉だった。