long dreamB

□Mazy Triangle
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山頂の雪はとけ、頬を撫でる風は少し生ぬるい。
近づく春の気配を感じる三月初旬、幻海邸の一室で円卓を囲んだ二人は珍しく黙々と勉強に励んでいた。あと一月もすれば彼らは受験生なのだ。


(む〜。わからん……)


何度考えてみたところでサッパリだ。
数学の問題集と睨めっこしていた未来が、チラッと向かいの恋人を盗み見る。


傍らに問題集を広げ、未来には暗号のように見える数式を蔵馬はノートに書き込んでいた。
質問しようかと思ったが、集中しているようなのでやめておこうか。
思案していると、視線に気づき顔を上げた蔵馬と目が合う。


「どうかした?」


「うん。蔵馬先生に教えてもらいたい問題があって」


どれ?と促されて未来が示せば、さらさらとノートにペンを走らせながら蔵馬は解法を教えてくれた。
相槌を打ちつつ、未来はその端正な顔立ちに見入ってしまう。
蔵馬はいついかなる場面でも、切り取って一枚の絵画になりそうなくらい美しかった。


「未来、聞いてる?」


「ご、ごめん!もう一回お願いできる?」


「不真面目な生徒にはもう教えませんよ」


「次はちゃんと聞くから!」


しょうがないなあという感じで、クスッと微笑んだ蔵馬がもう一度説明を繰り返す。
今度こそ聞き逃すまいと、一生懸命に未来は彼の解説に集中した。


「なるほど!蔵馬、ありがとう!」


さすが蔵馬の説明は分かりやすい。
解法を理解した未来が、ぱあっと表情を輝かせ礼を述べる。


「未来、疲れてるんじゃない?そろそろ休憩しようか」


「うん!」


先ほど上の空だった彼女を気遣った蔵馬の提案に、未来も同意する。
だいぶ集中力も切れてきてしまっていた。


凝り固まった身体を伸びでもしてほぐそうと思った未来だが、ほんの少し動けば触れてしまう距離に蔵馬がいて胸が跳ねる。
熱心に解説を聞こうとして無意識に身を乗り出していたせいだと思い至り、未来の頬がうっすら桃色に染まった。


「わ、私、飲み物取ってくるね!」


「未来」


そんな未来の心情なんてお見通しなのか、立ち上がろうとした彼女の手を蔵馬が柔く掴む。


「それは後でオレも一緒に行くから、もう少しここにいませんか」


未来だって、勉強の間中触れられなかった彼の温もりに飢えていた。
本当は今すぐ蔵馬に抱きつきたかったけど、恥ずかしくて。


未来の手を握った方と反対の手で、蔵馬が彼女の髪に触れ耳にかけた。
それが合図みたいに、どちらからともなく二人の唇が重なる。


ドキドキして心臓が壊れちゃいそう。
甘やかな彼とのキスに酔いしれながら、夢心地で未来は考える。


「……未来。もう一度確認するけど」


唇を離すと、思いのほか真剣な眼差しで蔵馬に見つめられた。


「やっぱり今度黄泉に呼ばれたら行くつもりなの?」


ああ。またこの話か。
合点がいった未来が頷く。


「うん。だっていざとなったら黄泉から皆を守るって決めたし」


変わる気配のない未来の意志に、蔵馬が肩を落とす。
この前の幻海や陣たちとのやり取りで、すっかりやる気になってしまった彼女は強情だった。いくら止めたところで一人で魔界へ繋がる穴を開けてしまうだろう。


「蔵馬、大丈夫だよ!今度行く時は私のピンチにいつでも駆けつけるよう、うーちゃんをスタンバイさせておくから。黄泉は人間界には来れないんだから、逃げちゃえばこっちのものだよ」


あの日、我が物顔で未来の肩を抱いてきた黄泉。
今度会う時に黄泉は肩に触れるだけで済ます気はないと……その先まで見据えていたから、蔵馬はあんなに怒ったのかもしれない。
蔵馬を安心させようと、対策は万全だと未来は力説する。


「……オレが頼んだら、絶対にすぐに黄泉の手の届かないところへ逃げると約束できる?」


「うん、約束する」


頷いた未来を、腕の中に蔵馬が抱きしめた。
未来も彼の背中に手を回して、ぎゅっと抱擁に応える。


絶対に彼女を黄泉にも誰にも渡したくない。
しかし、黄泉がそう簡単に未来を諦めるとも思えなかった。


場合によっては黄泉と闘うことも避けられないかもしれないな。
覚悟する蔵馬が、未来を抱く腕の力を強める。


大切な人たちを守るためなら昔以上に非情にも強くもなれるし、命さえ懸けられる。
もう随分前から、迷いなく蔵馬は言い切れたから。


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