long dreamB
□横恋慕
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『黄泉に呼び出された?』
電話口から聞こえたやや棘のある声に、そうなの、と未来が頷く。
「蔵馬のとこへは使い魔は来てないの?」
風呂上がり、パジャマ姿の未来は子機を使い自室で蔵馬と電話していた。
『来てないよ』
「え、不思議だね。重要な会議なら私より軍事総長の蔵馬を呼ぶべきなのに」
そのよく回る頭で何か考えているのか、蔵馬はしばらく無言のままだった。
『明日何時に来いって?』
「一時から会議だからそれに間に合うようにって」
『オレも行くよ』
「蔵馬、学校は!?」
『適当な理由つけて早退する』
迷いない口調で蔵馬が言い切り、未来に申し訳なさが募る。
「別に私一人で大丈夫だよ?妖駄さんの講義のために何回も一人で行ってたし、わざわざ蔵馬が授業休まなくても」
『オレが嫌なんだよ』
どう説得しても揺るぎそうにない、固い意志を感じる言い方だった。
もう少し信頼してほしいものだが、心配するのも無理ないかとも未来は思う。
「蔵馬、ごめんね。これも王妃の役目の一つなら、行かなきゃって思うから……」
代償としてまた蔵馬の家族が脅かされるようなことがあったらと思うと、未来はとても黄泉の命令を無視する気にはなれなかった。
そんな彼女の気持ちを蔵馬もよく分かっていたから、謝る必要はないと述べる。
『未来が気にすることじゃないよ。オレが未来を一人で行かせたくないから勝手についていくだけだ』
黄泉と偽装結婚の密約を交わした一連の未来の単独行動を、喧嘩別れのようになったあの日以来蔵馬が責めたことはなかった。
『それに、もう未来に王妃のフリをさせるのはやめろと黄泉にオレは言わなきゃならないからね』
今度は妖駄に伝言を頼む形ではなく、本人に直接だ。
たとえフリであっても、未来が黄泉の妃として振る舞うなどこれ以上蔵馬は耐えられなかった。
「ありがとう。さっきはああ言ったけど、蔵馬が一緒に来てくれるのは心強いよ」
蔵馬の優しさが、じんと未来の身に染み渡る。
「明日は闇撫の能力で穴を開けて、私が蔵馬を迎えに行くよ。どこに行けばいい?」
『高校の屋上に来れるか?時間は……』
明日の計画を立てていると、ふふっと唐突に未来が笑い声を漏らした。
『どうしたの?』
「なんか、こうやって寝る前に蔵馬と電話するのいいなって思って」
蔵馬の声を聴くだけで、愛しさで心あふれ満たされていく。
抱きしめられた時の彼の体温を思い出し、未来の胸が甘く疼いた。
「でも声聴いてると、蔵馬が恋しくなっちゃうね」
『じゃあ今からうちに来る?』
思いがけない誘いに、無邪気に笑っていた未来が息を止めた。
『未来の能力ならすぐにここへ来れるでしょ』
「あ……うん。たしかに」
蔵馬が腰をかけたのだろうか、電話口の向こうからギシ、とベッドが軋む音がした。
さらりと提案した蔵馬の平静さと反対に、未来の心臓はドキドキと早鐘を打つ。
たしかに未来は今すぐ蔵馬の部屋へ繋がる穴を開けて、彼に会いに行くことが可能だけれど。
「けど急に私が蔵馬の部屋に現れて、お母さんたちにバレたらびっくりさせちゃうよ?」
『気づかれないようにする方法なんていくらでもあるよ』
蔵馬なら何かしらの植物を操って簡単に出来ちゃうだろうなと思えて、未来が言葉に詰まる。
「そっか……」
『うん』
しばし無音の時間が流れる。
とても魅力的な誘いではある。
しかし風呂上がり、眠る前の時間に蔵馬の部屋へ行って果たしてただ一緒にいるだけですむのだろうか。
「で、でも、やっぱりおうちの人に内緒で夜に上がり込むのは気が引けるからやめとくよ!」
『まあ、未来は気にするだろうね』
未来の返答が読めていたのか、見透かしたみたいに蔵馬が言った。
『じゃあオレを未来の部屋に連れてきてもらおうかな』
「い、いやこっちにも陣たちいるし!師範とか絶対気づきそうだからさ!」
テンパる未来の反応が可笑しいらしく、クスクス蔵馬は笑っている。
「あー!蔵馬、からかったね!?」
『いや、オレは本気だったけど』
「〜〜また今度ねっ。おやすみ!」
どうしたらいいか分からなくなった未来が、一方的に電話を終える。
「……また今度って言っちゃった」
熱くなった頬を手でおさえながら、一人ぽつりと呟いた未来なのだった。