long dreamB

□Steal My Girl
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未来が黄泉と偽装結婚の密約を交わしてから十日。
癌陀羅では国王の婚約記念パーティー当日を迎えていた。


控室にて大きな全身鏡に映る自分の姿に、未来が目を瞬く。


「未来様、とてもお綺麗でございます」
「黄泉様もお喜びになるでしょう」


ヘアメイクと着付けを未来に施した侍女たちが口々に褒めそやす。


「ほう。馬子にも衣装とはこのことじゃの」


ジャージ姿ばかり見てきた妖駄も、感心して呟いた。


高貴な雰囲気のロイヤルブルーのドレスには、銀糸で細かな刺繍が散りばめられている。
胸元の控えめなビジューが可憐な印象を与え、構築的なフリルが鮮やかな青を際立たせる。
宝石で彩られたティアラに、刺繍と揃いのシルバーのイヤリング。


それらに身を纏った未来は誰が見ても王妃に相応しい美しさだった。


「黄泉様に感謝するのじゃ!人間界の値段で換算するとそのティアラだけで軽く数億は超えるぞ」


「数億!?」


さすが魔界の大国の王だと未来が舌を巻く。
しかし煌びやかで眩しいドレスとは対照的に、未来の顔は晴れない。


こんな風に着飾られて、普通だったら嬉しくないわけがないと思う。
隣に立つのが黄泉でさえなければ。


(でも……蔵馬の家族を守るためだもん)


王妃の役目を全うしようと、今一度腹を括った未来が鏡の中の自分を見つめる。


「さあ、黄泉様と招待客がお待ちじゃ。会場へ急ぐぞ」


妖駄を先頭に、侍女たちに連れられ未来はパーティー会場へと向かう。
道中想うのは、この十日間何度も考えた蔵馬のことだ。


おそらく蔵馬も今日会場に来ている。
十日前、喧嘩別れのようになって以来、鯱に阻まれたせいもあり未来は蔵馬と会えていなかった。


居た堪れなくて、あわせる顔がないけれど……もう一度謝りたい。
それに、未来は蔵馬にまだ一番大事な気持ちを伝えられていなかった。
危険を顧みずこの世界に戻ってきたのは、彼に会うためだったというのに。


(蔵馬の前で、黄泉の隣に立ちたくないな)


想い人のことを考えると、王妃をやり遂げるという決意が瞬く間に萎んでいきそうになる。
黄泉と偽装結婚の密約を交わした時には、まさかこんなパーティーをするなんて考えてもみなかった。
王妃として名前を貸すくらいの気持ちで未来はいたのだ。


黄泉から聞いたのだが、この婚約記念パーティーの発案者は妖駄らしい。


“ああ見えて奴は世話好きイベント好きでな……老い先短い年寄りの道楽だと思って大目に見てやってくれ。”


城を案内したり勉強を教えたりと、世話好きなことは薄々勘づいてはいたが加えてイベント好きとは。
お爺ちゃん孝行と思うしかないのか……と未来はため息をつく。


「なんじゃ、辛気臭いの。腹でも減ったのか」


主催の身で食べ過ぎるでないぞと妖駄が忠告する。
あくまで婚約記念パーティーであり結婚披露宴ではないので、立食形式のややカジュアルな催しの予定だ。


「御主へ配慮して、人間を使った料理は出すなと黄泉様がシェフへ命じておった。全く黄泉様のお手を煩わせてけしからん」


「当たり前でしょ!」


人間を食べるなんてもっての外だ。
ましてや元々人間である未来の目前に出すなんてありえない。


「陣たちは先に会場に行ってるんだよね」


憤る未来だったが、気を取り直して妖駄へ訊ねる。


「ああ。御主といい、TPOというものを知らん奴らばかりじゃったの」


数時間前、未来は闇撫の能力で魔界への穴を開けて六人と共に癌陀羅の地に降り立った。
ドレスコードを守らずいつもの修行着で訪れた六人に妖駄はカンカンだった。


「皆あの服のまま参加するの?」


「たわけ!スーツを用意して着替えさせたわ」


ドレスコードがあるということは、蔵馬もフォーマルな格好で来るのだろう。


(絶対かっこいいだろうなあ)


自業自得とはいえ、願わくば蔵馬の隣に立ちたかった。
 
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