long dreamB

□Paradoxな君
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「オレは黄泉を殺し損ねたと思っている」


物騒な台詞に未来が息をのんだのが分かって、蔵馬はまた彼女から目線を外す。
本当は、こんな投げやりな形で打ち明けるつもりじゃなかった。


「……どうして殺そうとしたの?」


裏切ったのは黄泉ではなかった。
蔵馬の方だったのだ。


衝撃を隠せない未来が静かに問うた。


「黄泉はオレの率いる盗賊団の副将だった。当時の黄泉は玉砕主義で単独行動が目立ち……いつしかオレは黄泉が邪魔だと思うようになっていた」


そこで蔵馬は、殺し屋を雇い黄泉を抹殺しようと目論んだのだ。


「蔵馬、ごめんね。私、何にも分かってなかったね……」


思い詰めた様子の蔵馬が、何か話そうとして躊躇いやめたことがあったと未来は思い出す。
打ち明けるのは勇気が必要だったと思う。
きっと、こんな風に話したくはなかったはずで。
そうさせたのは、先の自分の発言だ。


無知は罪とはこのことだ。
強い自責の念に駆られる未来が俯く。


「軽蔑した?」


「しないよ!」


とんだ杞憂だと、弾けたように未来が顔を上げた。


「そりゃびっくりはしたけど、当時の魔界の倫理観が私の感覚と同じとは思えないし……これまでたくさん蔵馬の優しさに触れてきたもの。軽蔑なんてするわけないよ」


未来の持つ一般常識が通用しないのが魔界だろうし、大昔の蔵馬の行為を今さら自分が咎めようなんて気は起きない。
共に過ごして培った彼への気持ちと信頼が、揺らぐわけがない。


「当たり前でしょう?」


覗き込まれて、未来と目が合う。
向けられた微笑みに、蔵馬は胸のわだかまりが昇華されていくのを感じた。


「ただ、黄泉はどう思っているのかな」


しかし未来が黄泉の名前を持ち出すと、蔵馬の顔が強張る。


「恨んでいないとは言っていた。本心とは思えないが」


「そっか……」


蔵馬が恨まれていないかと未来は気を揉む。
その姿が黄泉の心情を慮っているようにも映って、蔵馬の胸にざわざわとさざ波が立つ。


「もし恨んでいたとしても、黄泉は蔵馬に協力を仰ぐことを選んだんだよね」


黄泉はいかなる場面においても最もメリットのある道を考え実行している印象を未来は受けた。
蔵馬の知略の恩恵に与ろうとしている黄泉が、彼へ直接的に危害を加える可能性は薄いか。
感情だけで動く人物なら、とっくに蔵馬を殺しているだろう。


考え込んでいた未来が、ふと曇ったままの蔵馬の表情に気づく。


「蔵馬、私当時の蔵馬がちゃんと考えてやったことにどうこう言う気は本当にないよ?それに今の蔵馬は裏切るような人じゃないって知ってるし」


「いや」


かぶせるように蔵馬は否定した。


「オレは繰り返すよ」


「…え……」


とても冗談を言っているように見えない、真剣な眼差し。
なびく蔵馬の前髪が、その整いすぎた顔に影を作る。


「意外だな」


割って入ってきた低音に、ハッと未来は振り返った。


「オレとの過去をお前は未来さんに知られたくないだろうと考えていたが」


「黄泉。今すぐ未来との取引を白紙にしろ」


まさか自ら喋るとはと驚く黄泉に、間髪入れず蔵馬が命じた。


「そうなるとオレは今後もお前の家族を人質にとるし、スパイ任務も予定通り彼女にやってもらうが」


「未来ほどの闇撫を捨て駒にするつもりか!?」


「惜しくないと言ったら嘘になるが、一方的に取引を解消する代償は払ってもらう。約束を反故にされればオレだってたまには感情的に動きたくもなるさ」


未来に危険な任務をさせるわけにはいかない。
八方塞がりとなった状況に、蔵馬がぐっと唇を噛む。


「……いつまで未来に王妃のフリをさせるつもりだ」


「情勢によるな。雷禅の死後、軀との一騎打ちで闇撫の未来さんをどう使うかオレはまだ決めかねているんだ」


だから未来を黄泉に近づけたくなかったんだ。
彼女を利用する気満々の黄泉に、腑が煮え繰り返るような憤りを蔵馬は覚える。


「そう怒るな。伝言の通り空は死んだ。お前に感謝されこそ怒られる筋合いはないぞ」


「空もお前の差し金か」


「愚問だな。お前が見誤るはずがない」


「蔵馬、本当にそれは違うよ!空は鯱の命令で私に取り憑いていたの」


繰り返すという蔵馬の発言にいまだ動揺したままの未来だったが、それだけは訂正せねばと口を挟む。


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