long dreamB

□King & Queen
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「妖駄。鯱を連れてこい」


「はっ」


空の直属の上司である鯱を呼ぶよう黄泉に命じられ、妖駄が退室する。


(な、何こいつ‥‥!)


確証は持てず癌陀羅まで来たが、まさか本当に寄生されていたとは。
しかも目の前にいる空は、未来が今まで見てきた妖怪の中でも上位に入る気味の悪い容姿をしていた。


(こんなのと一ヶ月近く共生してたの!?お風呂とかも!?)


悪夢のような現実に、吐き気が込み上げてくる。


「カカカ、ショックで二の句も継げねェって感じだな」


「空。鯱の命令か」


「へ」


真っ青な未来の顔を見てヘラヘラ笑っていた空。
しかし、地を這うように低い声で黄泉に問われ言葉に詰まる。


「は、はい、鯱様の命令で‥‥空気清浄機に紛れてこの女の身体に入りました」


表情のない黄泉の無言が恐ろしい。


察しの悪い空でも気づき始めていた。
己の行動が、最も敬うべき主人の機嫌を損ねてしまったことに。


「黄泉様。鯱殿を連れて参りました」


空がしどろもどろになっていると、魚鱗に体表を覆われた大柄な妖怪と共に妖駄が戻ってきた。


「闇撫の娘‥‥!?」


鯱という名前らしいその妖怪は未来の姿を目に留めると、みるみる両の口角を上げていく。


「黄泉様、この前の件を考えてくださったのですか?」


「癌陀羅での安全は保障する。これが未来さんとの取引の条件だと、お前たちも知っていたはずだ」


鯱の質問は無視し、淡々と抑揚のない声色で黄泉が続ける。


「未来さんの身体にとり憑くなど、約束の反故と捉えられかねない行為。オレの顔に泥を塗るつもりか」


「も、申し訳‥!」


「空!闇撫の娘にそんな不埒な真似をしていたのか!」


項を垂れた空だったが、大声で鯱から叱責され、弾けたように顔を上げる。


「な‥!?命令したのはアンタだろう!?蔵馬への嫌がらせにって!」


「全く呆れる‥‥この期に及んで主君のせいにするとは。お前のような家臣を持ったことを恥じるわ」


「違う!アンタの命令でやったことだ!」


未来への寄生行為に黄泉が立腹したことも、今の鯱の態度も空には予想外だった。


罪を一人で被ってはたまらないと空が反論するが、鯱は全く聞く耳を持たない。


「黄泉様。全ては空の独断で行ったこと。しかし、奴の上司として我も責任をとりましょう」


「ほう」


空登場以降初めて黄泉が薄く笑い、鯱の発言を待つ。


「黄泉様への忠誠心を示すため、闇撫の娘への贖罪のためにも、この手で空の命を絶ちます」


「なっ‥‥」


無情な死刑宣告に、空は開いた口が塞がらない。


「鯱のダンナ!そりゃねェぜ!」


「長年連れ添った部下を殺めるのは我が身も切れる思いですが、これも己が受けるべき報いでしょう」


心苦しそうに悲痛に眉を歪ませて鯱が述べるが、空には胡散臭い演技にしか見えなかった。


「だ、誰か!助けっ‥!」


部屋の外へ逃れようとした空の身体を、容易く鯱が片手で掴む。


「ぎゃああああ‥‥」


鯱が片手にほんの少し力を入れれば、絶叫と共に空の身体は跡形もなく雲散霧消していった。


「闇撫の娘」


「ひっ」


急に鯱に近寄られ、未来が肩を跳ね上げ座ったまま後ずさる。


空が殺される光景を、呆然としてただ眺めているしかなかった未来。
部下をあっさり処刑した、冷たい鯱の瞳が恐ろしかった。


「そう怯えるな。闇撫の娘の‥‥あ〜‥‥えーと」


「未来じゃ」


「そう、未来さん」


ボソッと妖駄が呟き、そうだったと鯱が頷く。


「空の無礼、深く詫びる。この場で切り出すのも何だが‥‥近々、未来さんを我の妻として娶りたい」


鯱が一体何を言っているのか理解できず、未来は思考停止した。


「以前癌陀羅を訪れた未来さんをちらりとお見かけして以来、我の心はかき乱されているのだ。未来さんは我が軍の要人故、黄泉様には既にその旨お伝えしている」


「なんと!」


初耳だった妖駄が些か身を乗り出す。
軍内の艶聞は老後の楽しみの一つらしい。


「じきに未来さんを新居へ迎えよう。喜ぶがいい、完成は間近だ」


何言ってんだこの人。
そんな心境の未来だったが、怒涛の展開の連続に疲弊した彼女に言い返す気力は残っていなかった。


「黄泉様。失礼しました。婚姻の件、宜しくお願いします」


黄泉へ深々と御辞儀をすると、鯱は部屋を後にしたのだった。


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