long dreamB
□9人いる!
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(これってチョコレートだよね?食べてないのにどうして?)
混乱する未来は、怪訝な顔つきで手元を見つめていた。
「鈴木。私、本当にチョコを食べた記憶がないの」
「はは、未来、疲れすぎて無心で食べてたんじゃないか?」
神妙な面持ちで主張した未来だが、鈴木は冗談半分に聞いているらしく笑っている。
「それに最近私ね、突然頭がぼーっとして気が遠くなる感じがするんだ」
しばしば起こる不思議な感覚について未来が相談すれば、途端に鈴木は真面目な表情になる。
「立ちくらみか?やっぱりひどく疲れてるんだろう、未来。闇撫の特訓、とても頑張っているからな‥‥。今日くらい休んでもいいんだぞ?」
「ううん、やるよ。蔵馬の家族の命がかかってるもん」
鈴木の気遣いはありがたいが、未来は三人分の命を背負っている身なのだ。
「あまり思い詰めて倒れないようにな?未来なら期日までに闇撫の能力を極められる。あともう一息だ!焦る必要はない」
「うん、ありがとう」
未来の目覚ましい成長を師匠として一番知っている鈴木が励ました。
(闇撫の能力って、知らず知らずのうちにそんなに身体を酷使してるのかなあ)
本当にこの現象は疲労のせいなのかと、半信半疑の未来である。
(初めて立ちくらみっぽくなったのは癌陀羅から帰ってきた時で、まだ闇撫の修行を始めてなかったのに)
二度目のトリップの疲労が出たのか?と未来は考えるが、とにかく修行を辞めるわけにはいかない。
「さ、修行始めよっか」
「ああ‥‥未来、本当に大丈夫か?」
「うん!大丈夫!」
「わかった。だがあんまり根詰めすぎるなよ。家族が人質となっているとはいえ、蔵馬も未来に身体を壊してほしくないはずだ」
未来の体調を慮り、無理をしないようにと鈴木が念押しする。
「蔵馬‥‥」
鈴木が口にした名前に、未来の胸が締めつけられる。
「蔵馬、最近うちに来ないよね」
ポツリとこぼした未来。
寂しい、恋しいという思いが滲み出た言い方だった。
「たしかに今年に入ってからはまだ来てないな。だが今までも大体二週間に一度のペースでオレたちの様子を見に来ていたから、そろそろ来る頃じゃないか?」
「うん‥‥だといいな」
なんなら明日来るかもな!との鈴木の台詞に、やっと少し笑えた未来が頷く。
蔵馬の家族が人質となってしまった中、両想いの気配に浮かれたり、交際を始めて楽しんだりしているような状況でないことは理解している。
また、未来は蔵馬の前で泣き言は言わないと決めていた。
これ以上蔵馬に自分を責めてほしくない。
けれど。
背負うものの大きさ、プレッシャー。
幽助と飛影を裏切る罪悪感。
漠然とした不安。
きっとお互いが抱えているであろう感情を、未来は蔵馬と共有したかった。
言葉に出さなくたっていい。
ただ隣にいてくれるだけで。
安心できて、それはきっと強さに変わるから。
(私、ずっと蔵馬に守られてきたんだな‥‥)
身体だけじゃない。心もだ。
蔵馬がそばにいない今、未来は痛感していた。
こんなに心細く弱気になっているのは、蔵馬が近くにいないせいだ。
暗黒武術会の決勝戦前、蔵馬が嗅がせてくれた薔薇の匂いを思い出す。
黒桃太郎たちと再対面した裏御伽戦前に手を握ってくれたことも。
蔵馬はいつも安心をくれた。
隣に蔵馬がいてくれて、未来がどんなに心救われたか。
(蔵馬。会いたいよ)
整った蔵馬の顔。
優しい眼差し。
蔵馬はこの場にいないのに、彼を思い描くだけで未来の胸は高鳴る。
いま、無性に未来は蔵馬に抱きしめてほしかった。
けれど次の日も、その次の日も蔵馬が未来の前に現れることはなかったのだった。