long dreamB
□9人いる!
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その日の夕食後、未来は沈んだ気分で幻海邸の長い廊下を歩いていた。
陣に風の匂いの異変を指摘されたせいではない。
(蔵馬、今日も来なかったな‥‥)
もうずいぶん想い人の顔を見ていないからである。
癌陀羅へ赴いたクリスマス以降、未来は蔵馬と会っていなかった。
“蔵馬、ほんと気に病まないでね。とにかく私、闇撫の修行頑張るよ!”
“未来、ありがとう。また”
そんな会話をして幻海邸を去っていく蔵馬を見送ったのが最後だった気がする。
(蔵馬。またっていつなの?)
せっかくこちらの世界に戻ってきたというのに、年明けの挨拶も蔵馬に出来ていない。
(そろそろ新学期が始まる頃だし、きっと忙しいんだよね!冬休み明けのテストがあるのかもしれないし)
そう結論づけ、未来は前を向こうとする。
(でも‥‥)
蔵馬、喜んでくれてると思ったのに。
クリスマス以降全く連絡をよこさない蔵馬の態度に、未来は人知れず傷ついていた。
感動の再会を果たし、ほんの二週間前まで有頂天になっていたのが嘘のようだ。
(用もないのに会いたいなんて言って来てもらうのは迷惑かな‥‥)
南野家へ電話することも考えたが、まだ彼女という立場ではない宙ぶらりんな蔵馬との関係が未来を足踏みさせていた。
「あ、鈴木」
リビングの戸を引く音が聞こえ、俯きがちに歩いていた未来が顔を上げる。
「ああ未来、今ちょうどリビングでは酎と鈴駒が女子の理想の匂いについてフローラル派VS石けん派で争っているところだぞ」
「へー‥‥そうなんだ」
心底どうでもいい情報を得たと、未来が力なく返事する。
「そろそろ特訓始めるか?」
「うん。お願いしてもいい?」
「ああ。先に稽古場へ向かっていてくれ。オレもすぐ行く!」
「わかった!ありがとう。自主トレして待ってるね」
食事の後は、師匠となってもらった鈴木に修行をつけてもらうのが日課だ。
居候の面々や幻海にも、未来は黄泉から脅されていることを癌陀羅から戻ったその日に伝えていた。
スパルタでお願いしますと鈴木に頼み込み、以降毎日闇撫の修行に励んでいる。
鈴木が陣たちと特訓をしている間も、未来は一日中稽古場にこもり寝る間も惜しんで修行をしていた。
(落ち込んでる場合じゃない!闇撫の能力を磨くために頑張んなきゃ)
なんせ蔵馬の家族の命がかかっている。
期日までに、未来は闇撫の技を磨きワープ能力を身に付けなければならないのだ。
(よし、稽古場行くか!)
しかし、気合いを入れて歩き出した未来の思考に、次第に靄がかかっていく。
頭がふらっとして、気が遠くなる感じに抗えない。
うつらうつらと、未来の意識が夢の中に落ちていく。
(‥‥‥‥あれ?)
次に気づいた時には、未来は先ほどと同じように廊下に立っていた。
(またこれだ。立ちくらみの一種なのかな)
まるで眠りから覚めた直後のように、ぼんやりした頭で未来は考える。
実は、未来がこのような感覚に陥るのは一度や二度ではなかった。
初めて感じたのは、たしか癌陀羅から帰ってきた直後だ。
奇妙な体験に首を捻りつつ、稽古場に到着した未来が戸を開けると既に鈴木の姿があった。
「鈴木もう着いてたんだ。ごめんね、お待たせ」
「いやそんなに待ってないさ!」
先に着いて自主トレしていると言った手前、未来が謝ると鈴木が首を横に振る。
そして未来の唇の端についているモノに気づき、ふっと鈴木は口角を上げた。
「デザート食べてて遅れたんだな。ついてるぞ」
「え?」
身に覚えのない鈴木の指摘に、未来が手で口元を拭った。