long dreamB

□謁見の火種
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長い長い階段を上った先に、愛しい人が待っている。


母や義弟にまで機嫌の良さを見抜かれた蔵馬は、足取り軽く幻海邸の階段を上っていた。


しかし最上段まで上り終えたところで、覚えのある微かな妖気を感じ蔵馬の口元から笑みが消える。


「妖駄!?」


「うっ…」


幻海に吹っ飛ばされた勢いで樹木に背中を強打し、気を失っていた妖駄が蔵馬の声で目を覚ました。


「いたたた…。あの老婆め許さんぞ…」


「妖駄。どうしてお前がここにいるんだ」


恨めしそうに幻海邸を睨んでいる妖駄を見下ろし、鋭い口調で蔵馬が詰問する。


「蔵馬。黄泉様からの命令じゃ。闇撫の娘を早急に癌陀羅へ連れて来いと」


唐突に告げられた通達に、無表情のまま、わずかに蔵馬の眉間に皺が寄った。


「ふっ…白を切ろうとしても無駄じゃぞ。ワシはこの目で闇撫の娘があの屋敷内にいることを確認しておる」


蔵馬は何も言わなかった。
ただ、その冷たい瞳でじっと妖駄を見据えている。


「妖気に混じって人間の匂いをさせておったし、口ぶりからも十中八九本人じゃろう。闇撫のような稀有で上等な種族に目をつけるとは、黄泉様もさすがお目が高い」


蔵馬の視線に腹の内を探られているような居心地の悪さを感じつつ、妖駄は口を回らせた。


己が慕う主人の存在が、妖狐蔵馬を前にしても妖駄の気を大きくさせてくれるのだ。


「それはそうと御主、黄泉様のことを古い仲間だと未来に話しておったのか。黄泉様の光を奪っておきながらなんと図々しい─」


「今すぐにか?」


妖駄の糾弾に被せて蔵馬が問いかけた。


「元々、闇撫の娘が帰還すれば直ちに黄泉様へ伝えよとの命令だったはずじゃ。今回その約束を反故にしたことは咎めん代わりに、早急に癌陀羅へ連れて来いと黄泉様は仰っておる」


余裕綽綽、蔵馬の弱みを握ってやったと言わんばかりの妖駄の態度。
未来と会ったのは事実だろう。


黄泉にはきっとリアルタイムで幻海邸での会話が筒抜けになっている。
ここで妖駄を殺るのは簡単だが、口封じにならないどころか謀反の罪に問われるのがオチだ。


「黄泉様は希少な闇撫を傷つけるような真似をするおつもりは全くない。娘は丁重に扱うから心配するなとの伝言じゃ。瘴気対策も万全にするとて」


見透かしたような伝言が、また蔵馬を苛立たせる。


どうやら蔵馬の思考は黄泉に読まれていたらしい。
命を受ければ、蔵馬は未来の身を案ずるだろうと。


「拒否すればどうなるか、分かっておるな…?」


すなわち、夏と同じように黄泉は蔵馬の家族を人質にとると暗に言っているのだ。
あるいは未来の命さえも狙うつもりなのかもしれない。


「なあに、渋るようなことではない。娘の能力が黄泉様のお眼鏡に適うか確かめるだけじゃ」


「オレは未来を三竦みの争いに巻き込むつもりはない。彼女は癌陀羅とは無関係だ」


「それを判断するのは、黄泉様じゃ」


二ヒヒと不気味な笑みを浮かべ、癌陀羅での道理を妖駄が告げる。


蔵馬の両の拳は、真っ白になるほど強く握られていた。







鳴らされた呼び鈴に、今度こそ想い人の来訪であろうと確信した未来が玄関へ駆ける。


「よかったー!蔵馬だった!」


扉の先にいたのは紛うことなく蔵馬だったけれど、その端正な顔に落とされた影の濃さに未来は息をのむ。


「蔵馬、何かあった…?」


恐る恐る訊ねられ、ハッとした蔵馬の視界に色が戻った。


「なんか怒ってる?それとも体調悪いとか?」


「……いや、大丈夫だよ」


力なく笑ってみせた蔵馬はとても“大丈夫”には見えなくて、未来は不安気な面持ちで彼を見つめる。


「怒っているのは、自分にかな」


「え?」


そんな未来の胸中を察したのか、小さく蔵馬がこぼした。


未来の帰還は絶対に黄泉に知られてはならなかったのに。
防げなかったのは己に落ち度があったということだろう。


未来と、そして一度ならず二度までも家族を危険に晒してしまった自分に怒りを蔵馬は感じていた。


「未来。巻き込んですまない。さっき癌陀羅の妖駄という妖怪と会ったか?」


「う、うん」


「急な話で悪いが……今からオレと一緒に癌陀羅へ来てほしい」


未来を癌陀羅へ連れて行くのは避けたかったが、脅迫されている以上こうなれば腹を括り黄泉の命に従うしかない。


「未来はオレが守るから」


彼女は絶対に自分が守り抜くと誓って。


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