long dreamB
□氷河の涙
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「実は私、こっちの大学受けようと思ってるんだ」
「い!?そんなことできんのかよ!?」
元々は違う世界の人間である未来がこちらの大学を受験するなど、手続き面で支障があり不可能だと思うのだが。
「うん。何とか受験資格もぎ取ったよ!温子さんのコネとか静流さんの圧とか」
「オレの邪眼を使ってな」
「……とんでもねーカップルだなオメーら」
平然と言ってのけた二人に、若干引き気味の桑原である。
「裏口入学ってやつか?」
「それは語弊あるよ!試験では平等に評価されるから」
人脈や邪眼を駆使して受験資格を得た未来だが、合格が保障されているわけではない。
「親御さん、よくこっちの大学受験すること許したな」
「未来の人生だから自由に好きにしなさいって。大学だけは行けって言われたけど」
三月下旬、裏女を連れて帰り、全てを家族に打ち明けた未来。
家族は皆、驚き腰を抜かしていたが、裏女や未来の闇撫の能力が証拠となり、妖怪や異世界の存在を信じるに至った。
「大学をこっちにしたのは、私、将来はこっちで主に生きていきたいからさ」
どうして?なんて野暮な質問を、桑原はしなかった。
代わりに飛影の方を見て、ニタニタからかうような笑みを浮かべている。
「なんだ」
「別に〜。で、学部はどうすんだ?」
「四谷大の経営学部を考えてるんだ。魔界と人間界の橋渡しになるようなことしたいってぼんやりと思ってて」
人間界の商品や食べ物を魔界で売ったり、その逆も然り。
人間界で暮らしたい妖怪に、常識を教える講座を開いたり、雇用口や住居を紹介したり。
妖怪と人間が歩み寄る未来を作るために出来ることは、無限に思い浮かんでくる。
「起業するってことか!すげーな!」
「いや、具体的なことはまだ全然考えてないし…」
大層なことを言ってしまったようで、恥ずかしくなった未来が首を横に振る。
「いいと思うぜ。人間でもあって妖怪でもある未来ちゃんなら、どっちの立場にもなれるし…未来ちゃんにしかできねーことだな!」
「桑ちゃん…!ありがとう!頑張るよ!」
「ところでよ、さっきからずっと気になってたんだが」
未来の脇に置いてある、パンパンに膨れた大きな登山用リュックサックを指差す桑原。
「未来ちゃん、今から山籠もりでもするのか?」
「未来、お前何をそんなに持ってきた?」
同じく不審に思っていた飛影が、訝し気に未来へ訊ねる。
「これから飛影と魔界の極寒の地に行くからさ、カイロとかー、トランプとか着替えとか、お腹がすいた時用の非常食とかいっぱい!」
「旅行にでも行く気か?」
サッサと行って帰る気満々だった飛影が、呆れて溜め息をつく。
「そんなものいらん。置いていけ」
「えー!?せっかく用意したのに!」
「荷物になるだけだ」
「じゃあお腹がすいたらどうするの?」
「その前に帰ればいい」
「そんな順風満帆にいくとは限らないじゃん!」
言い合いを続ける二人を、口を挟まず桑原は見守っていた。
「…桑ちゃん?」
しばらくして、黙りっぱなしの桑原に気づいた未来が、飛影へ反論するのをやめて小首を傾げる。
「オメーら、お似合いだと思うぜ」
やっぱり桑原はニヤニヤ笑っていたけれど、目だけはとても優しかった。
「魔界でデートなんて物騒だな。ま、気ーつけてな」
代金をテーブルに置き、ガタンと桑原は席を立つ。
“オメー、未来ちゃんのことが好きだよな?”
ふいに、飛影へそう問いかけた時のことが昨日のように思い出された。
「飛影。未来ちゃん大事にしろよ。泣かしたときゃ浦飯や蔵馬も黙ってねー」
「余計な世話だ。貴様に言われる筋合いはない」
「カカカ、残念ながらオレらは口出すからな!未来ちゃん悲しませたら殴りに向かうぜ!」
飛影に凄まれたところでもうちっとも恐くない桑原が、豪快に笑って一蹴する。
「浦飯チームのマドンナもってった宿命だ、飛影。じゃーな!」
カランと扉の鈴を鳴らして、桑原は店外へ出て行った。
「もう、桑ちゃんたら…」
浦飯チームのマドンナなんて称された未来は、照れてその場で小さくなってしまう。
「飛影。今日、桑ちゃんに会ってよかったね」
「さあな」
また飲み物に手を伸ばした飛影だった。