long dreamB
□氷河の涙
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八月末、皿屋敷市内のとあるカフェにて。
「本当に未来ちゃんと飛影がくっつくとはなあ」
感慨深そうに言った桑原の向かいに、未来と仕方なくといった感じで連れてこられた飛影が座っている。
「迷宮城で初めて会った時はこんな展開全く予想してなかったぜ」
「ふふ、私も。まさか飛影のことこんなに好きになるとはね」
ニヤニヤ顔の桑原に、ニコニコ微笑んでいる未来。
二人の視線にさらされて、居た堪れなくなった飛影が照れ隠しにアイスティーを飲む。
別に喉は乾いていなかったが、じっとしていられなかったのだ。
飛影だって初対面時は“幽助が連れてきた女”と認識しただけでさして興味のなかった未来に、こんなに夢中になるなんて想像もしていなかった。
あの頃の未来と飛影に、この人が運命の相手なんだよと教えても二人とも信じないだろう。
「オレはキューピッド的な役割を果たしていたわけだ!飛影、協力してやったオレに感謝しろよ!」
「貴様の世話になった覚えはない」
「あ!?色々あるだろ、あれとかそれとかこれとかよ!」
たしかに桑原からは一方的に協力してやるよ!と言われた気がするが、飛影としては頼んでもいない彼の助けなど借りた覚えはなかった。
「つーか相変わらずチビだなテメーは!ちょっとは成長したかと思ってたのによ」
「貴様の顔面も一向に改善しないな。むしろ悪化したんじゃないか?」
「テメ、よくも奇跡の美男子に向かって…!」
「フン。顔の前に目の治療が必要か」
「ああ!?テメー、表出ろ!」
「上等だ」
「ちょっと二人共落ち着いて!」
一年二カ月ぶりに顔を合わせるも、やっぱりケンカを始めてしまう桑原と飛影。
立ち上がり戦闘準備万端だった二人だが、未来に止められ互いを睨んだまま渋々席につく。
「しっかし、大会優勝したのが黄泉でも軀でもなく煙鬼とかいうおっさんとはなあ」
「意外だったよね。でも煙鬼さんが優勝して良かったと思うよ!だって彼の方針は“人間界に迷惑をかけないこと”だもん」
先日終了した魔界統一トーナメントは、故・雷禅の旧友である煙鬼が優勝を飾り幕を閉じた。
親人間派の煙鬼が魔界の長となったことは、人間と妖怪の友好的な関係への発展に繋がると未来は確信している。
「もう魔界と人間界の間の結界も解かれちまったんだろ?」
「うん。もしかしたらこの店内にも私と飛影の他に妖怪がいるかもしれないね。A級以上だったりして」
「マジかよ、久々に緊張するぜ」
「あはは、大丈夫だよ。妖怪は皆、人間に歩み寄ろうとしてるみたいだし」
結界が解かれた理由は、コエンマが霊界の上層部…すなわち自分の父親であるエンマ大王と特防隊を告発したからだ。
霊界上層部は、人間界での妖怪の悪事を洗脳や報告書で偽造し水増ししていた。
魔界を悪役にしておけば人間界を守る大義名分ができ、堂々と結界を張って霊界は領土維持できるという魂胆だ。
その事実をコエンマが突き止め明るみにしたことで結界は解かれ、妖怪は人間界と魔界を自由に行き来できるようになった。
「コエンマも苦労してんなァ」
「ぼたんが言うにはやっぱりあんまり元気ないらしいよ…。落ち着いたら差し入れでも霊界へ持って行こうかな」
「おーおー、行ったれ行ったれ。あいつ見た目に反してけっこうトシくってるからよ。老人は労わらねーとな」
桑原がコエンマを老人呼ばわりし、思わず未来が吹き出した。
「霊界といえば、雪菜さんもいるんだよな…」
急に渋い男の顔になった桑原が、宙を見上げて恋焦がれる彼女へ想いを馳せる。
「……桑ちゃんは、雪菜ちゃんに会いたい?」
「そりゃもちろんよ!」
わずかに眉をひそめた飛影を視界の端におさめつつ、未来が訊ねると当たり前だと桑原が胸を張った。
「飛影も、預かってる氷泪石返しに雪菜ちゃんに会いに行かないとね」
「そのうちな」
コソッと小声で未来が飛影に耳打ちすると、あまり気の進まない返事が返ってくる。
「で、未来ちゃんは絶賛受験勉強中か?」
「まあね。受験生に夏休みはほぼなかったよ」
しかし、息抜きに未来は螢子たち女性陣と海へ遊びに行ったし、最低週三日は飛影と会っている。
公園や幻海邸などで、短い時間でも飛影と会うことに未来は幸せを感じていた。