long dreamB
□ギフト
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十月。
人間界では紅葉が始まった頃。
魔界の移動要塞・百足の一室にて、妖怪五名がたむろしていた。
「三年だぜ、気が遠くなる」
「三年もこんなくだらない見回りをさせられるのか」
「愚痴はよすんだな。全ては負けた我々の責任だ」
ぼやいた妖怪たちを元軀軍No.2・奇淋が窘める。
隣では時雨がくるくると包丁で器用に果実の皮をむいている。
大会優勝者である煙鬼が公布した自治法により、偶然できる空間の歪みにより魔界へ迷い込んできた人間は保護され人間界へ戻されることになった。
そのためパトロール隊が結成された。隊員はもちろん大会の敗者である。
飛影は奇淋、時雨、そして先ほど愚痴を述べた妖怪二人とチームを組まされ、日々パトロール業務に従事していた。
「これを食わんか。人間界のものらしいがなかなか美味だぞ」
時雨がいまだ不満そうな妖怪二人へ、三個ほど果実を皮をむき切り分け、つまようじを刺して皿にのせ差し出す。
「未来さんからの差し入れだ」
時雨は大会開催以降、未来のことを“闇撫の娘”と呼ばなくなった。
軀の対戦相手となっても臆せず戦った彼女への、彼なりの敬意の表れなのかもしれない。
「ラフランスという果実らしい。そうだったな飛影?」
「たぶんな」
正確な果物の名前は、飛影も覚えていない。
「未来…たしか大会では鏑と名乗っていた、飛影の女の名前だったな。なるほど、これは美味いな」
奇淋が面頬の下から一口食し、ラフランスを絶賛した。
妖怪二名も美味いと呟きながら次々と口に入れていて、早々になくなりそうな気配を感じた飛影も慌てて皿に手を伸ばす。
そして、これを未来から受け取った時のことを振り返る。
“おばあちゃんから家に大量に送られてきたから飛影にもあげる。パトロールの休憩中にでも食べてよ。”
ほのかに甘い香りを漂わせる果物が数個入った紙袋を、数時間前に飛影は未来から手渡された。
“時雨さんたちにもあげてね。あと軀にも。独り占めしちゃダメだよ!”
軀と時雨は命の恩人だし、パトロールのメンバーたちにも分けるようにと未来はしつこく念を押してきた。
二月に百足へ訪れた際、妖怪数人に連れ去られそうになったところを時雨に助けられたと、未来がポロッとこぼしたのは最近の話だ。
それを聞いた飛影はすぐさま時雨に未来を襲った妖怪はどいつか教えろと詰め寄ったが、もう半年以上前のことだから忘れたと返され、あえなく報復は実現しなかった。
「あ!まだ余ってる!」
あっという間に皿が空になったところで、目ざとく紙袋に残ったラフランスを見つけた妖怪。
「これは軀に渡せと言われたものだ」
軀用と言われれば、すごすごと妖怪は引き下がるしかない。
「軀様…か」
要塞の主の名前が出て、考え込むように時雨が顎に手を当てる。
「拙者少々解せん。たしかに煙鬼も強かったが軀様が本気を出せば倒せない相手ではなかったはずだ」
「いや、あの時はあれが軀様の全力だったのさ」
大会結果に納得いかなかった時雨がごちれば、長年軀に仕えてきた奇淋が首を横に振る。
「あの方の強さは精神状態に大きく左右される。あんな和やかな大会では最高時の半分くらいの力が関の山だろう」
精神状態が悪く陰鬱になっている時こそ、軀の真の力が発揮されると奇淋は読んでいる。
「多分これから先もあの方の真の強さを見ることは叶わぬだろうな。あの方の目は信じられないほど穏やかになってしまわれた」
それはきっと大会を開催した幽助や、記憶を共有した飛影や、そして未来の影響だ。
「ただ一度ひどく陰に入りこまれる時期がある。百数十年前、たまたま口答えをした当時のNo.2を我々の目の前で一瞬にしてミンチにしてみせた」
ヒッと妖怪二人が小さく悲鳴をあげた。
「それがちょうど今くらいの時期だった。飛影、気をつけることだな」
おそらく軀の元へ向かうのだろう、紙袋を持ち立ち上がった飛影へ奇淋が忠告する。
「未来を泣かせたくなかったらな。お前に何かあれば彼女が悲しむだろう」
「……気安く呼ぶな」
上手い返しが見つからず、ただ奇淋が未来を呼び捨てにした点だけ咎めておいた飛影だった。