long dreamB
□愛を知るひと
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今度はオレの意識に触れてくれ。
その言葉を、軀は未来へ告げはしなかった。
まっさらな未来に、殺戮と憎しみに塗れた己の過去を記憶を通して体験させるなんてあまりにも酷である。
未来にはあんな思いを味わわせたくないという気持ちが、自分を知ってほしいという欲求よりも軀の中で勝ったのだ。
カプセルのタイマーを見るともうすぐ治療が終わるようで、軀は隣室でそわそわしながら心配し待機しているであろう飛影を呼んでやることにした。
「飛影、そろそろ未来が起きるぜ」
軀からの知らせに、ガタンと音を立てて飛影が椅子から立ち上がる。
「来ないのか?」
しかし何故か飛影は移動を渋り、頑なにその場を動こうとしない。
「どうしたんだ。早くしろよ」
「おい待て、軀―」
若干イラついた軀が無理やり飛影の首根っこを掴んで治療室へ連れていく。
ひどく焦っていた様子の飛影だったが、未来の姿を見て拍子抜けした。
「服を脱がしたんじゃなかったのか!?」
「ん?ああ、裸じゃなくて残念だったな」
追い出された意味!と憤慨する飛影を雑に軀があしらったところで、ピー!と治療終了のブザーが鳴る。
カプセルを満たしていた液体が引くと、軀がシャッターを開け未来のマスクを取り外してやった。
「未来。気分はどうだ?」
「…んー…」
「まだ半分夢の中だな」
軀に手を引かれてカプセルの外へ連れ出されても、瞼を開けるのが億劫でうつらうつらしたままの未来。
「…な、何!?」
ところが、ゴーッという爆音と物凄い勢いの突風に煽られ、未来の意識は一気に覚醒した。
「やっと起きたか」
目を開ければ、巨大なドライヤーを持った軀がびしょ濡れの未来の全身を乾かしている。
「うわっちょ、風!すご!」
「ちょっとくらい我慢してろ」
尋常じゃない強さの風力に吹き飛ばされないよう未来が必死に踏ん張った甲斐があり、濡れていた服や髪の毛はものの数十秒で乾ききった。
「ほらもう終わったぞ」
「……ありがとう」
ドライヤーとの格闘でひどく疲弊した未来だったが、一応軀に礼を述べる。
(……なんかお母さんみたい)
世話をやかれて、なんて思ったことは軀には内緒だ。
「ここがどこか分かるか?」
「ううん。気分悪くなった後のこと、あんまり覚えてなくて…」
自分の身に起きた状況を理解できていない未来が、記憶の糸を辿っていく。
「蔵馬と幽助の声が聞こえて、それで…」
「それで、この百足へ治療のため連れてきたんだ」
横からとんできた低い声に、弾けたように未来が振り向けば。
「!!!?」
ずっと会いたかった飛影がいて、未来は腰を抜かしてしまった。
「……なんだその化け物でも見たかのような反応は」
「い、いやだってだってさ…!」
不服そうに眉間に皺を寄せる飛影に、しどろもどろになる未来。
(そうだ。私、飛影に抱えられて…!)
全てを思い出した未来が、カーッと顔を赤くしていく。
「オレはもう会場へ戻る。未来はゆっくりしていけよ。空気洗浄機を稼働させたからこの部屋で瘴気の毒にやられる心配はないぜ」
飛影と未来。青いふたりの掛け合いが面白くて、笑いをこらえながら軀が言う。
「え!?う、うん!治療してくれてありがとう」
「いや……礼を言うのはオレの方だ」
いまだ動揺していた未来だったが、軀の意外な返答に少し火照った頭が冷める。
「未来。試すようなことをして悪かった」
バレンタインデーの話をしているのだと、理解するのに数秒かかった。
まさか軀から謝られるなんて思っていなかった未来は、驚いて何も言えなくなる。
「気が向いたらまた遊びに来てくれ。今度は魔界の菓子でも用意しておこう。あの人間界の菓子はなかなか美味かった」
「あ…羊羹食べてくれてたんだ!?」
ぱあっと顔を明るくした未来に、軀も嬉しくなって微笑む。
「またな」
そう告げて部屋を出て行った軀の瞳は、未来や飛影が思わず目を奪われてしまう程とても優しく穏やかだった。